2019年12月30日月曜日

特発性細菌性腹膜炎で記憶すべきこと(診断,予防,ピットフォール)


前回に引き続き,SBPについてまとめます.

臨床診断(どうやって疑うか)について.
プライマリケア医として最大の関心ごとの一つです.

腹水+発熱+腹痛なら,SBPの想起は容易ですが,最も頻度の高い臨床症状である発熱であっても,出現するのは最大80%とのことです.
腹痛などの腹腔内感染の所見が全くないこともあるようです.
嘔気嘔吐,下痢,低体温,低血圧,腎機能障害,脳症などで発症することがあります.

初診の腹水貯留は必ず腹水検査を行うというのは基本的なプラクティスだとおもいます.
あわせて,既知の肝硬変,腹水がある患者で,少しでもSBPを見落とさないようにするためにどうすればいいか考えてみました.

発症の契機がわからない脳症で疑う
(以前から肝性脳症があって,排便コントロール不良で発症,とかいう状況では不要だとおもいますが,肝性脳症を起こす切っ掛けとしてSBPを鑑別に入れておく)
原因不明の腎機能障害で疑う(SBPは肝腎症候群を起こす)
低体温,低血圧で疑う(一般的な感染症診断と同様ですね)
・少しでも消化器症状があれば疑う(嘔気嘔吐,下痢など)
消化管出血があれば疑う(SBPが静脈瘤出血の原因になることもある.上部消化管出血は20%でSBPを合併する)
・突然腹水が増えたら疑う

とにかく腹腔穿刺の閾値をさげるべきですね.
いまDICをおこしているとかなければ,血小板が低くてもPTが伸びていても,比較的安全に穿刺できます.血小板輸血などは不要というコンセンサスになっています.


あわせて,予防について.
こちらもプライマリケア医として関心が高いです.

一次性SBPは,消化管出血,PPI使用,腹水中蛋白低値(∵オプソニン活性低下)などが発症リスクです.
まず,上部消化管出血後7日間は,CTRX1g q24h divを行います.
経口摂取可能ならLVFXやCPFXでもいいとあります.

その他,腹水蛋白<1.5g/dlなら1次予防の利益があるかもしれません.
SBP発症後の2次予防はベネフィットがより高そうです.
投薬するなら,ST合剤を1日1錠,またはLVFX 250mg/day or CPFX 400mg/dayです.

ただし,予防については,現状エキスパートオピニオンであるようです.
(PMID: 31304804,23463403など参照)
併存症や予後などを考えながら,その都度判断するほかなさそうですね.


2019年12月23日月曜日

特発性細菌性腹膜炎で記憶すべきこと(治療)


最近出会ったのでまとめます.
「肝硬変による腹水がある患者の発熱は,そうでないとわかるまでSBPと思え(=腹水を採取せよ)」というクリニカルパールがあります.今回もこのパールに助けられました.

肝硬変患者の発熱の25%がSBPらしいです.
そしてアルコール性肝硬変+腹水で入院中の患者の10%で発症するそうです.
アルコール性を含め,肝硬変の患者さんを診る機会が多い環境なので,今一度勉強し直します.

こういうとき,日本語の良質な二次文献がたくさんあるので,有難いです.



まず,治療についてまとめます.

一次性SBPはほとんどが単一菌種で,60%がGNR(E.Coli, Klebsiellaなど),そのほかは腸内GPC(Streptococcus, S. pneumoniae, Enterococcus)です.
後述しますがGram染色で菌体が見えないことが多いので,エンピリックにはGNR+GPCをカバーします.教科書にはCTXやCTRXが1st choiceと書いています.キノロンの選択肢も記載がありますが,今の日本の耐性菌の状況や,万一の結核性を考えると,自分は使う気にはならないです.
入院患者などではESBL産生株や緑膿菌をカバーせよとありますが,よほど疑わしい状況か状態が悪いのでなければあまりに広域なのはどうかなと思います.ESBLカバーを考えるならCMZでいいのではとも思いますが記載はないですね.ABPC/SBTなどのβラクタマーゼ阻害薬配合薬は,耐性株のS.pneumoniaeに気をつけろと書いていますが,E.Coliの耐性も心配になります.
もちろん,培養が出ればde-escalationしますが,培養陰性もそこそこある(後述)ので悩ましいです.

適切な抗菌薬を使用すれば2-3日で臨床状況に反応がみられるとあります.
最近は短い投与期間が推奨されているからか,期間は5日間という記載が目立ちます.ただ,診療状況がしっかり改善していることが前提です.致死性の経過をたどることも多い疾患なので,すっきりいかない場合は従来の10-14日間投与がよいのではと思います.
ただ,再発が多い(再発率は1年で70%!)ので,あまり長々抗菌薬を投与すると,耐性菌のリスクが上がってしまいますね.

抗菌薬治療の他には,アルブミン投与に生存率改善効果が報告されています.
全例必要というわけではないようで,血液検査で適応を判断する推奨もありますが,そこはケースバイケースで判断すればよいように思います.
あとは,もしPPIを飲んでいたらやめる,とかでしょうか.


診断,予防,ピットフォールについては次回まとめます.


2019年12月16日月曜日

指導者の12の役割(後半)


後半です.

・評価者
評価,試験は,教師の役割と切り離すことができるため「良い教師ではあるがよい評価者ではない」という事態が起こりえます.ただし,評価がないと学習者が目標を達成できたのか,何が必要なのかを示すことができません.また,学習者からすれば評価は避けられないものであり,質を担保する必要があります.
カリキュラムも評価する必要があります.自身の指導の質を評価するという意味でも必要です.学習者からのフィードバックが評価には不可欠です.

・計画者
指導者はカリキュラムを計画する役割があります.学習アウトカムが何で,それをどのようにすれば実現できるのかを考える必要があります.その際に,評価法や教育環境の整備についても議論する必要があります.
カリキュラムを実際に走らせるコースの計画も必要です.

・教育資源の開発
教材作成も必要とされる役割です.教材開発を通じて,新しい学習環境をつくることもできます.個人的な例だと,CSAのシナリオつくりや,SDH教育のためのツール作成などに携わっていますが,これも指導者の役割なのですね.
教材と同様に,学習ガイドの作成も必要です.


この3×2=6つの役割は,いままで自分で意識したことのなかったものでした.
とくに評価は,確かに必要ですよね.いままで学習者の評価はあいまいになっていたと我が身を振り返って思います.

これらの役割は独立しているものではなく,相互に影響しています.同時に複数の役割を果たすことも稀ではありません.

指導者の役割を認識する意義についても多く論じられていますが,特に「教育の文化を構築する」という意義を強調するべきだと思います.
特に,原理的に教育のために最適化されていない環境である臨床現場では,学習者は全ての経験から学び取るわけですから,教育的な文化の醸成はとても重要だと思います.
このあたり,Experiensed-based learning(ExBL)の論文も読んでみたいです.



2019年12月9日月曜日

指導者の12の役割(前半)


日本プライマリケア連合学会が企画した,英国家庭医療学会(RCGP)指導医を招いての講習会(Training the trainer: TTT)に参加しました.
https://www.rcgp.primary-care.or.jp/

とても学びの多い一週間だったので,このブログでもつらつら振り返ろうと思います.
ただし,講義や議論の内容をそのまま転載するわけにはいかないので,
一般的なトピックや,追加で自己学習して深めたことを中心に書きます.

今回は,指導者(教師)の役割について.

HardenとCrosbyが2000年に提唱した,12の役割が有名どころですね.
"The good teacher is more than a lecturer - the twelve roles of the teacher"と題された,AMEEの医学教育ガイドNo.20の論文で紹介されています.


・情報提供者
レクチャーをする,というのは最も理解しやすい指導者の役割ですが,この部面においてもなお,一方的な知識の伝達という理解ではもはやダメなようです.
双方向性を保ちつつ,熱意が伝わり学習者の意欲を駆り立てるようなレクチャーが,評価が高いようです.
また,臨床現場における指導者の役割は,臨床での学習において最も重要であり,省察的実践家としての自らの思考を共有することで,臨床での動き方,考え方を指南することが求められています.病歴聴取や身体診察についても,臨床減までの学びは大きいようです.

・ロールモデル
臨床現場における(つまり,将来学習者が鳴りたいと思う医師としての)ロールモデルを提供する,という役割を理解する上で,おそらくhidden curriculumを意識する必要があると思います.学習者は指導者がどのように振舞っていたかをよく観察しており,それをまねしようとします.とくに価値観や態度,思考のパターン,キャリア選択において,ロールモデルは強い影響を与えます.
一方で,教師としてのロールモデルも重要です.臨床推論学習会などでの指導者の姿が,私は最もよくイメージしやすいです.

・ファシリテーター
学習者の自由度が上がると,一方的に教えるという権威主義的なスタイルはもはや成り立たず,学習者の自由な学びを支援するファシリテーターとしての役割が求められるようになります.PBLチュートリアルなどが最も想像しやすいと思われます.
ファシリテーターより役割があいまいなのがメンターです.オフラインでのヘルプと表現されることもあり,通常は直接指導や評価にかかわらない者がなります.頼れる兄貴,みたいな感じでしょうか(ややジェンダーの偏りがある表現ですが).


この3つの役割は,私自身が普段から意識していたことでもあります.
とくにロールモデルとなる(背中を見せる),ファシリテーターとなる,という2点は,常日頃からいつも意識して指導に当たっています.

驚いたのは後半の3つ,いままで意識したことのない役割でした.
詳しくは次回まとめます.





2019年12月2日月曜日

臍から腹水


末期肝硬変患者で,困窮しており社会的排除状態にもあり,腹水がたまりすぎて臍から漏れ出たというケースを見聞しました.

先日,たまたま別病院の先生と話していると,やはり同様のケースを最近経験したとのことでした.消化器専門の先生でも経験したことがないと仰っていたので,現在の日本では,生活困窮者を多く診療する病院で散見される事例なのかもしれません.

色々検索してみたら,どうも"ruptured umbilical hernia"で調べると症例報告がヒットすることがわかりました.

有名どころでは,NEJMのImagesで取り上げられています.

調べた限り最もインパクトのあった画像はBMJのcase reportです(ヘルニア修復術後のケースである点に注意です).free accessなので,ぜひご一読を.

報告されているリスク因子は腹圧の咳嗽,嘔吐,腹腔鏡,内視鏡,そして便秘です(PMID: 19535799,21539740).死亡率が高く,治療は早急な外科的修復です(PMID: 25780312,23160169,28697716).ドレーンチューブを入れて再発予防を行った例もあります(PMID: 28678688).

健康の社会的決定要因との関連を指摘した報告はありませんでした.腹水とSDHの関連を論じた研究も見当たりませんでした.この辺りはまた詳しく知らべてみようと思います.


2019年11月25日月曜日

レプトスピラ症による肺病変



先日,比較的若年者の肺炎→追加の情報収集で工場勤務であることが判明→ネズミとの接触あり→レプトスピラ症と判明したケースを見聞しました.

レプトスピラ症は,発熱結膜充血筋把握痛頭痛+肝障害+血小板低下+重症例で黄疸と出血(ワイル病)という組み合わせで理解していたのですが,細菌性肺炎の顔をしてやってくることがあるのかと驚いたので,調べてみました.

まずは,感染症で困った時のシュロスバーグから.
邦訳があるのはありがたい.
こういう機会にちょくちょく読むようにしていて,最終的に通読を目指しています.
現在4-5割程度の進捗です.



シュロスバーグによると,胸部X線検査の異常が20-70%でみられるようです.
肺胞や間質の出血を伴うこともあれば伴わないこともあり
下葉の肺胞の斑状陰影が特徴としてあるようです.

つづいてMandell.
3500ページある原著はもっていませんが,500ページ弱のEssential版ならなんとか自分でも使えるだろうと,Kindleに落としています.
ただ,治療について(下記の通り)などは記載がありますが,詳しい臨床像については記載がありませんでした.
やっぱり原著買わないと駄目かなぁ.


レプトスピラ症の治療は,mildならDOXY, ABPC,AMPCのどれかを経口で.moderate-severeならIVでPCG,CTRX,ABPCのどれか,とMandellにかいてあります.
ということは,十分量を使うという前提で,市中肺炎でエンピリックに使用することの多い抗菌薬で,レプトスピラがカバーされるのですね.
アンテナをしっかり張っていないと,なんかよく分からない症状がある肺炎→とりあえずCTRX使っとけ→よくなったからいいか,というケースが潜在的にありそうですね.

もちろんそれで多くの場合は良いのでしょうが,公衆衛生的観点ないし,重症化した場合の適切な対応を考えると,当然のことですが診断は確定させたいですね.
喀痰をグラム染色しても菌体は見えないし,培養でもつかまらないとなると,特異的に疑って血清学的診断にもちこむひつようがあるので,やはり病歴と臨床像が大事です.

インフルエンザ様症状に加え,結膜充血と筋圧痛があり
嘔吐,下痢,腹痛などの消化器症状もある,となると
レジオネラ肺炎やカンピロバクタ腸炎をまずは疑いますね.
胸部X線で浸潤影があれば,なおさらレジオネラ肺炎です.
そこに肝障害や意識変容が加われば,なおさらレジオネラと考えてしまいそうです.

実際には,治療薬が共通している(DOXYなど)ので,レプトスピラ症患者にレジオネラだと思って治療を行っても,それが原因で重大な帰結となる,ということはなさそうです.
結局は,結膜充血を伴う場合にはネズミの接触をしっかり聴取,ということに落ち着きそうです.

もちろん,肺炎患者全員に詳しい問診は必要だし,むしろすべての患者に詳しく問診を行え,という言説は,そりゃもっともだとはおもいます.
しかし,実際にたくさんいる肺炎患者全員にネズミの接触歴をきいているかといえば,そんなことはなくて,やはり「これはレプトスピラかも」とひっかけるトリガーが必要だと思い,ここまでつらつらと書いたのでした.


2019年11月18日月曜日

Vertical Tracingの実践例


(以下、自験例を大幅に改変しています)

80歳台男性。
1週間前に発熱が出現した。近医で抗菌薬投与を受けていたが、解熱せず。
3日前から咳嗽が出現した。解熱が得られないため当院を受診した。

診察室に入ってきた瞬間に診断はついた。
あきらかに頻呼吸で、呼気が延長していた。
呼吸補助筋の肥大と胸郭運動もあり、両側全肺野でwheezesを聴取。
心不全の所見は乏しく、β stiumulantsの吸入で呼吸症状は直ちに軽快した。

血液検査ではWBC 16000, CRP 25。
胸部X線検査では、両下肺野に網状影があり、CTではCPFEに一致する所見であった。

濃厚な喫煙歴があり、COPD急性増悪として入院。
吸入、ステロイド投与に加え、細菌感染を疑う経過であったため抗菌薬も投与した。血液培養は陰性であった。

ここでふと立ち止まる。
なぜ、この方は急性増悪したのだろうか。

問診ではとくに環境の変化があったわけではなさそう。
呼吸器症状に先行して発熱があり、何らかの炎症性疾患が引き金となった可能性が高い。

UpToDateによると、COPD急性増悪の原因は、70%が呼吸器感染症。
のこり30%のうち多いのは,環境因子(ほこりっぽいなど)や肺塞栓など。
特に肺塞栓は,COPD急性増悪患者の20%にみられたとの報告あり.
残りは心筋虚血,心不全,誤嚥などが挙げられている。

この患者の場合、肺にはこれといったconsolidationがないのが最初の違和感。
呼吸器感染症が契機とすれば、病歴にも不自然な点が残る。

二次資料のほかに、Google scholarやPubmedをあたったが、
呼吸器以外の感染症が契機となったCOPD急性増悪、という報告例は見当たらない。

けど、この患者の場合、ほかに熱源がないとおかしいよなぁ。
身体診察は何回も繰り返したけど何もないし、問診でもなにもでてこない。

focusがわからない熱源として、感染性心内膜炎、膿瘍(肝、腎、腸腰筋など)、大血管炎、腎癌、リンパ腫を想定して、画像検索を行う。
果たして、腹部エコーで肝膿瘍が発覚。これが熱源だった。

さらに考える。
肝膿瘍の原因は何か。
ドレナージなど、膿瘍の治療を優先させながら検索を行い、大腸がんが判明した。


COPD急性増悪←肝膿瘍←大腸がん というのがひとまずの結論。
さらに掘り下げれば、高血圧を見ていたかかりつけ医が、必要なmanagementを怠っていた(禁煙指導、定期検査として便潜血検査など)ことも一因かもしれない。
(家庭医として定期通院患者のhealth promotionはとても大事だと思っています。他山の石として自分も気をつけなくてはいけません。)

さらには、生活背景、家族構成などにも更なる原因を突き止めることができるかもしれない。それはそれで家庭医療の重要な側面だが、この記事はそこまでは立ち入らないことにする。


症状の原因として、何か1つ病態をみつけたときに、そこで思考を停止させず
「その原因は何か」とさらに原因をさがす姿勢がもとめられることがあります。
志水太郎先生のおっしゃっているところの、Vertical Tracingという診断戦略です。

たとえば、
全身倦怠感の原因として低Na血症、その原因として副腎不全
意識障害の原因として低血糖、その原因として敗血症

有名どころでいえば心不全。
心不全は診断名ではなく、かならず背景因子と増悪因子を考えるようにしています。

というわけで、Vertical Tracingがうまく機能したケースでした。
学会レベルで報告してみようかな。


2019年11月11日月曜日

英単語ボギャビル



医学英語は学生時代にUSMLEの勉強をしたおかげで
医学論文やUpToDateを読む分にはほぼ困らないレベルではあります。

論文執筆も、語彙としては難しい単語は使わないのであまり問題なし。

しかし、家庭医療、医学教育、そしてその周辺領域の教科書を読むと
分からない単語に出会うようになります。

大抵は意味を類推して読み飛ばすのですが
語彙力の欠如が読解のスピードと質を落としていることは間違いなく
なんとかしなくてはという気になりました。

上記のような教科書は、やはり人文科学の要素が強く
「一般的に使われるけどちょっと難しい単語群」
イメージとしては、ネイティブが高校くらいで身につける単語が
頻繁に登場するのです。

考えてみればわけもない話で、
一般的な語彙については大学受験レベルで止まっており、
あとは専門用語を身につけたものの、一般単語のボギャビルはしていなかったのです。

語彙力測定サイト(信憑性は不明)では、私の語彙力は1万語程度で、ネイティブの14歳並み。
確かにこれじゃあスラスラ読めないよね。

今でも質の高い自動翻訳がさらに質を向上させ、
もうすぐ言語の壁で悩まなくて済むようになるかもしれませんが
それまでは頑張ってコツコツ勉強するほかないようです。

というわけで、隙間時間でコツコツボギャビルしています。
1番のお気に入りはこれ。





頭からコツコツ覚えていってます。
語源で覚えるのが最も性に合っているようです。


2019年11月4日月曜日

正中弓状靭帯圧迫症候群


知らない病名に出会ったので,まとめます.

正中弓状靭帯は,横隔膜の大動脈裂孔を形成する靭帯です.
通常は腹腔動脈の頭側に位置するこの靭帯が,腹腔動脈の起始部にかかってしまうことがあり,同部位を圧迫することで,虚血症状が出現したり,動脈瘤を形成したりします.
ただし,多くは無症候性です.側副路が発達することもあるようです.

動脈瘤が破れると後腹膜血腫を生じます.
正中弓状靱帯圧迫症候群による腹腔動脈根部狭窄を合併した後腹膜血腫の1例
正中弓状靭帯圧迫症候群に伴う膵十二指腸動脈瘤破裂の1例
後腹膜出血によって発見された正中弓状靭帯圧迫症候群の2例
後腹膜血腫は特発性も多いですが,原因は他にも様々です.
やはり血管造影は診断には必須ですね.センター病院に紹介しなくては.

自分の臨床の文脈では,「呼気時の腹痛」「食後の腹痛」というキーワードで想起すべき疾患として引き出しに入れておくとよいのかなとおもいました.
解剖学的に考えれば,「呼気時」なのは理解できます.
割と強い疝痛になることもあるようで,知らなくては見逃しますね.

古い報告ですが,この4例のケースシリーズが臨床像をつかむにはよいようです.
腹腔動脈起始部圧迫症候群

ここまでしらべたところで,わかりやすいレビュー解説記事を発見
Celiac artery compression syndrome(正中弓状靭帯圧迫症候群)について


まとめると
・正中弓状靭帯圧迫症候群は後腹膜血腫の原因となりうる.
・「呼気時の腹痛」は正中弓状靭帯圧迫症候群を疑うキーワードである.
 (誘因がはっきりしないことも多いが...)


2019年10月28日月曜日

Bier spots



こんなのに名前があったんだシリーズです.

Liaw FY,  Chiang CP. Bier spots. CMAJ April 16, 2013 185 (7) E304
DOI: https://doi.org/10.1503/cmaj.120376

腕を上げると,皮膚全体があかくなり,ところどころ白く抜ける.
腕を横にすると消失する.

(論文より引用)

生理現象であり,まったくの正常所見です.
知らないとびっくりするかも.



2019年10月21日月曜日

レジオネラ肺炎の臨床像の幅広さ



基本的事項ですが,研修医と一緒に学んだので.
レジオネラ肺炎の臨床所見に絞ってまとめました.

私がよく研修医指導で使うClinical Pearlに
「肺炎っぽくない肺炎はレジオネラ,腸炎っぽくない腸炎はカンピロバクタを疑え:
というのがあります.

高熱で全身ぐったり,みるからにsickな熱性疾患で,呼吸器症状がないのに浸潤影があれば,レジオネラ肺炎を疑うようにしています.


まず,NEJMのレビューから.
N Engl J Med 1997; 337:682-687にはこのようにあります.
「レジオネラ肺炎の臨床像は幅広く,軽い咳と微熱を呈するのみのこともあれば,昏睡,呼吸不全,多臓器不全にいたるものもある.初期には,発熱,全身倦怠感,筋痛,食思不振,頭痛といった非特異的な症状しか見られない.」
「消化器症状,特に下痢がめだつことがあり,20-40%でみられる.便は血性ではなく水様である.」
「比較的徐脈が診断につながる所見としてむやみに強調されすぎているが,高齢の重症肺炎でなければあまりみられるものではない」


「呼吸困難+下痢+意識障害」が重症レジオネラ肺炎の1つの典型でしょうか.
Eur J Emerg Med. 2004 ;11:225-7.
信州医誌. 2011; 59:27-31.


発熱+神経症状とくればまず髄膜炎を疑いますが,レジオネラ肺炎も鑑別に上げなくてはいけません.
Medicine (Baltimore). 1984; 63:303-10.
レジオネラ肺炎の42-52%で神経症状が出現します.
多いのは意識障害(30%)と頭痛(22-29%)ですが.
小脳失調や巣症状を呈することもあるようです.

こちらは髄膜炎様症状をきたしたレジオネラ肺炎の症例報告(日本語)
Clin Neurol 2013;53:526-530
レジオネラが髄液に侵入したわけではなく,
免疫学的機序によるものと考察されています.


レジオネラ肺炎は呼吸器症状がないこともあります.
Neth J Med. 2010 ;68:84-86.
筋痛のみで発症したケースレポートです.

J. J.A. Inf. D. 2000; 74:989-993.
発熱,横紋筋融解,急性腎不全,肝障害で発症(日本語論文です).

BMJ Case Rep. 2015;2015. pii: bcr2013201337. 
初診時に腎盂腎炎と間違えられたレジオネラ肺炎.レアですね.


これくらい押さえておけば,対応できるでしょう…たぶん
頻繁に遭遇する疾患ではないですが,かといって出会わないわけでもない疾患です.
こうやって素振りしておくことに意味があると思います.


2019年10月14日月曜日

マニアックな身体所見


数年前に作ったスライドがでてきました.
面白かったので載せます.
































2019年10月7日月曜日

camptocormia:これ名前あったんだ…


パーキンソン病の方で,
立位や歩行時に腰が顕著に曲がっており
だけど臥位になると伸びている
という症状を見た覚えがあります.

そのときはなにも考えずスルーしていましたが,
camptocormiaという名前がついているのですね.

パーキンソン以外にも,神経編成疾患や筋炎でみられることもあるようです.
傍脊柱筋のジストニアという説が有力らしいです.

名前(概念)をしらないと,見えていても見ていないのですね.
知識は大事です.

写真はwikipediaより


2019年9月30日月曜日

腓骨神経麻痺とその鑑別


外来で出会ったので,調べて見ました.
こういうコモンな疾患は,徹底的に特徴を覚えておく必要があります.

まず解剖から.
腓骨神経は膝関節後方で坐骨神経から分岐し,腓骨頭にまきつくようにして下腿外側を下降していきます.
なので,腓骨頭での圧迫で麻痺を生じます.

症状は,足部外側~足背・足趾にかけての感覚障害と,足関節背屈障害です.
小趾の感覚は保たれている点がポイントです.小趾は腓腹神経支配です.

主な鑑別はL5神経根症です.
感覚障害の部位は一致します.
鑑別点は,後脛骨筋(つまり足関節の底屈内反)です.
後脛骨筋はL5神経根由来ですが,腓骨神経ではなく脛骨神経が支配しているため
足関節の底屈内反が障害されていればL5神経根症
障害されていなければ腓骨神経障害の可能性があがります.

その他,上円錐症候群中心前回の脳梗塞の除外も必要です.

中心前回の微小な梗塞は,末梢神経麻痺のように見えることがあります.
上肢の症状であっても同様ですね.
たとえば,突然発症の下垂手をみたら,橈骨神経麻痺ではなく,中心前回の脳梗塞を疑う必要があります.
身体所見では腱反射亢進の有無などが鑑別点でしょうか.
病歴がはっきりしていればそちらのほうが役に立つかもしれません.
ただ,寝ておきたら麻痺,というケースでは病歴では判断困難ですよね.
このあたりは,積極的に頭部画像検査を行ってもよいのかもしれません.

蛇足ですが,中心後回の脳梗塞でpure sensory palsyをきたすことも押さえておくべきですね.
外来で出会うと,ついつい見逃してしまいそうです.

上円錐症候群はL4-S2レベルの障害を呈します.
大半が慢性発症でしょうし,腱反射亢進や異常反射の出現で疑いたいです.
ということは,腓骨神経麻痺だと思っても,しっかり反射をとらなくてはいけませんね.

以上,頭に叩き込んでおきましょう.


2019年9月23日月曜日

サルコイドーシスをどう疑うか.


サルコイドーシスの表現型として有名なのは以下の2つ.

Heerfordt症候群:ぶどう膜炎,耳下腺腫脹,顔面神経麻痺+微熱

Löfgren症候群:BHL,関節炎,結節性紅斑

これがどうも覚えられないのです.
なので,自分のところにくるならどうやって現れるかを考えて見ます.


まず,Heerfordt症候群.
ぶどう膜炎が前面にでれば,患者はまず眼科を受診するかなぁ.
充血,眼痛,羞明,視力異常,霧視などで,ぶどう膜炎を想起すれば,どちらにせよ眼科を紹介するだろうし,ぶどう膜炎の原因疾患としてサルコイドーシスは有名なので,途方にくれることはなさそう.

耳下腺腫脹は無症候性だろうけど,微熱患者で偶発的に発覚して紹介,という流れはありそう.
となるとSjögren症候群やIgG4関連疾患をどうしても想起してしまいます.
Sjögren症候群は基本的に無熱性なので,違和感を持つとしたらそこでしょうか.

顔面神経麻痺でやってくるパターンが,もっとも可能性高そうです.
単純にこなしてしまうと,Bell麻痺か,
はたまたRamsay-Hunt症候群を疑って外耳道をみるかで,
終わってしまいそうです.

Bell麻痺っぽいけど,熱もあるし,眼も赤いし…という臨床像で
サルコイドーシスを疑うようにしなければいけません.

つづいてLöfgren症候群.

BHLがあれば真っ先にサルコイドーシスを疑うだろうと思います.

原因不明の多関節炎をみているときに,胸部X線を注意して見る,というプラクティスは
いままでしてこなかったなぁと反省です.
また,結節性紅斑+関節炎だと,関節リウマチや炎症性腸疾患などが真っ先に浮かんでしまいます.
あとはSweet病やリンパ腫とかですかね?関節炎はあまりないか・・・

結節性紅斑+関節炎で,サルコイドーシスを想起する,という練習が必要ですね.

というわけで,むりやりまとめるなら以下の通り.

有熱性の耳下腺腫脹→サルコイドーシスかも?
顔面神経麻痺→Bell麻痺だと思う前に一回はサルコイドーシスを想起する
結節性紅斑+関節炎→関節リウマチと思い込む前にサルコイドーシスを疑う


2019年9月16日月曜日

上葉優位の瀰漫性肺陰影


瀰漫性肺疾患はとても苦手です.





こういった本で勉強しているのですが,なかなか頭に入っていきません.

疾患名をわかった状態でCTを読むのと,実診療でまずCTがきて鑑別をあげるというのは
当たり前ですが,まったく違うものですね.


必要があって調べていたら,上葉優位の分布をきたす疾患の覚え方をみつけました.

CASSET-P(詳しくはこちら
C:慢性過敏性肺臓炎(CHP),嚢胞性線維症(cystic fibrosis)、
A:強直性脊椎炎(ankylosing spondylosis)、網谷病(PPFE)
S:サルコイドーシス(sarcoidosis)
S:珪肺(silicosis)
E:eosinophylic granuloma(現在はランゲルハンス細胞組織球症)
T:結核(tuberculosis)を含めた慢性感染症(非結核性抗酸菌、真菌など)
P:ニューモシスティス肺炎(PCP)特にペンタミジン予防吸入中

さらにグループで覚えると
吸い込んで発症(過敏性肺臓炎,珪肺,結核等.ペンタミジン吸入が届かずPCP発症)
全身疾患(強直性脊椎炎,サルコイドーシス)
あとはPPFEとランゲルハンス細胞組織球症,ですね.


強直性脊椎炎で肺線維症が起こるのをはじめて知りました.
他にも,ぶどう膜炎(虹彩炎),炎症性腸疾患、弁閉鎖不全、心筋伝導障害が併発することがあります.

PPEE(pleuroparenchymal fibroelastosis)もはじめて聞きました.
くわしくはリンク先参照(こちらこちら

CPFE(combined pulmonary fibrosis and emphysema)なら経験があります.
上肺野に肺気腫,下肺野に間質性肺炎,というのが典型ですね.
肺がん,肺高血圧に注意です.

ランゲルハンス細胞組織球症は喫煙者の上肺野の結節影+小空洞というのが典型例でしょうか.


単純化しすぎていますが,非専門医が頭に入れるにはこのあたりが限界です.
最初の方針をたてて専門医につなぐとっかかりくらいにはなるでしょう.

再度,瀰漫性肺疾患の勉強をしなくては.
もう一回教科書読み直そう.



2019年9月9日月曜日

症例報告:Wallenberg syndromeのpost-stroke pain syndrome


症例報告がAmerican Journal of Medicineに掲載されました.
https://doi.org/10.1016/j.amjmed.2019.06.042


眼周囲の刺すような痛みで来院した患者でした.
神経所見を丁寧にとることで
Wallenberg症候群によるpost-stroke pain syndromeと診断できました.

脳梗塞後の疼痛は視床で有名ですが,次に多いのはWallenberg症候群です.
温痛覚の低下している領域に疼痛が起こります.

発症後しばらくしてから出現することもありますが,
本例では初期症状として疼痛が出ていました.
顔面に出るタイプのpost-stroke painは,発症早期におおいことがわかっています.

眼が充血していないのに眼の周囲が痛い(periorbital pain in a quiet eye)ときには
群発頭痛や三叉神経痛,副鼻腔炎,巨細胞性動脈炎などを疑いますが
神経診察を怠るとこのようなケースを見逃してしまいます.
その意味で教訓的なケースだと思います.

ぜひご一読ください.


2019年9月2日月曜日

症例報告:Disappearing into the Drug Crowd


American Journal of Medicineにケースレポートがアクセプトされました!
https://doi.org/10.1016/j.amjmed.2019.05.052

意識障害の患者で,病歴が聴取できず困ったため,
家にある内服薬を持ってくるようお願いしたところ,
大量の残薬(8施設より47種類:マグミット1580錠,センノシド992錠など)が発覚し
下剤が大量に処方されている→それを飲んでいない→肝性脳症だ!
と診断にいたったというケースです.

ポリファーマシーが健康に影響を与える経路として
prescribing potentially inappropriate medications:不適切な薬剤が入っている
Potential Prescribing Omittions:適切な薬剤が入っていない
という2つが従来より提唱されています.

しかし,このケースは上の2つには当てはまりません.

キードラッグ(この場合は下剤)は処方されている
 →他の薬が多すぎる
 →多すぎて飲めない
 →有害事象発生

本論文で,この経路をDisappearing into the Drug Crowdと名づけました.

衝撃的な残薬の写真を論文に載せることができただけでもうれしいです.
マグミットの数はうちの病院の在庫を超えていました.
(以下,論文より引用)


小病院でも,ありふれたケース(下剤のまずに肝性脳症発症)でも
国際誌にアクセプトされる,ということがわかり,非常に勉強になりました.

よろしければご一読ください.


2019年8月26日月曜日

Hoagland sign



(以下の事例は,経験を元に大幅に脚色したものです)

若い大学生.微熱があり近医を受診したところ,炎症反応上昇に加え,CK高値とミオパチーがあった.
橋本病が発覚し,ホルモン補充療法を受けたが,そのころから全身倦怠感が増悪.
微熱も続いていたが,初診から2週間後に,高熱,全身リンパ節腫大,肝障害,白血球増多が出現したため,紹介受診.

橋本病に何らかの炎症性疾患が合併したのか?
そう思って診察室に入ってきた顔を見ると…一発診断!


(画像はPMID: 24071946より引用)

どうやら,微熱がでた2週間前から,両眼瞼の浮腫も出現していた様子.
白血球分画を調べると異型リンパ球が増加しており,
ウイルス抗体価はEBV初感染パターン.

おそらく,EBV感染→初期のまだ症状が弱いときに医療機関受診
→もともとあった橋本病に気づかれる
→橋本病の治療を始めたころにEBVの症状が強くなる
→診断困難例として紹介

というストーリーだったのでしょう.

眼瞼浮腫は伝染性単核症のまれな初期症状です.(PMID:13184396)
自身の経験では,Hoagland signが診断のきっかけとなったのはこれで3例目.

EBV感染の臨床像の幅広さを,今一度認識しておきたいものです.


2019年8月11日日曜日

大病院総合診療科での外来の役割


家庭医療後期研修内での内科研修のため,半年間大病院の総合診療科で勤務しています.

いままで,小病院,在宅,診療所が自分のフィールドだったので
日々新しい経験をしています.

いままで,比較的セレクションのかかっていない集団に対し
その人の生活,人生をできる限り視野に納めて
非選択的なプライマリケアを行っていましたが,

大病院の総合診療科では
「診断がつかないから診てほしい,後のことはこっちでするから」という
紹介が多く,その点ではライフコースや社会的背景を意識することは少なくなりました.

当然,心理社会的な側面を探求する必要に迫られることはありますが,
それは診断・治療のためという側面が大きく,
家庭医療を実践するため,というわけではないという感覚です.

患者のセレクションもいままでと比べるととてもかかっているため
たとえば心理社会的に複雑なケースを担当することもめっきり減りました.

もちろん,大病院総合診療科でしか学べないことがあり,
そちらに関しては思う存分学べているので,
とても満足はしているのですが.

その中で,自分の得意分野というか,
これなら他人とは違う自分の能力を発揮でき,
患者のために,病院のために力に慣れるぞ,という領域が
少し見えてきました.

それは「外来患者の良性疾患に診断をつける」というもの.

「悪いところはないですね」「検査で異常はないです」
とだけいって患者を帰宅させる
ということは絶対にしない,ということです.

勿論診断がつかないことはありますが,それでも
つぎの道筋をしめした,患者が途方にくれないようにする
というのを意識しています.

そして,大抵の診断困難例では,検査は十分おこなわれており,
もう検査することなんてないよ,という段階でこちらに紹介されることが多いので,
試されるのは問診と身体診察というシンプルなスキルに集約されます.

これが自分としてはとても面白く,
また,本当に問診と身体診察だけで診断がつくことが多いので,
患者も満足するし,自分もうれしくなります.

非当番日に外来からよばれた,原因不明の足首痛を
問診と身体所見,靴の裏の所見から診断し
POCUSで確認,というのが最近のbest practiceでした.

こういう浮かれた時に重大な誤診や失敗をしでかすものなので
今一度気を引き締めて,一人ひとり丁寧にみていきたいです.

2019年7月10日水曜日

Clinical Problem Solvingが出版されました。


Journal of General and Family Medicineから、Clinical Problem SolvingがPublishされました。

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/jgf2.264

腹痛が主訴だけど、どうも経過がおかしく、あれ?というケースです。
繰り返し症状を評価すること、common diseaseの臨床像(illness script)を完全に理解しておくことの重要性がわかります。

ぜひご笑覧ください。


2019年7月1日月曜日

痛みを訴えない痛み


研修医の先生が経験した事例(個人情報保護のため改変しています)

70台男性。半年前から認知機能低下と幻視が出現している。
2週間ほど前から突然、家でいないはずの人影を追い出そうと暴れたり、夜間に玄関先に座って示威行為をしたりなどの行動が出現。同居の妻が手に負えないとのことで、精神科での医療保護入院となった。
研修医が診察すると、パーキンソニズムに加え、左大腿の腫脹に気づいた。ズボンを脱がせて診察すると、L2領域を中心に立派な帯状疱疹があった。
LBDを背景に、帯状疱疹による疼痛が精神症状に寄与していると考え、抗ウイルス薬を投与したところ、興奮は見られなくなった。治療前も治療後も、本人から疼痛の訴えはなかった。

というわけで,高齢者や精神疾患がある患者での,痛みを訴えない痛みに注意です.
私の自験例では,入院高齢患者が誘因なく夜間譫妄→心筋梗塞ということがありました.




2019年6月10日月曜日

医学教育の教科書と格闘する


現在、この本と格闘しています。



なにせ分厚いので、第一章を読んだ上で、興味のある章をつまみよむようにしています。
いまはChapter 18 Portfolios in Personal and Professional Developmentを読んでいます。今まで自分がいかにポートフォリオについて表面的にしか理解できていなかったかがよくわかります。むちゃくちゃ面白いです。

ざっくりまとめると、ポートフォリオの目標は「学習者の成長」「評価」「省察」の3つがあり、それぞれの目標に応じてポートフォリオの形や重要視すべきポイントが異なる、という内容です。現行の医学教育の欠点をポートフォリオがどう補えるのか、という視点が、もう本当に腑に落ちまくっていて、たとえば卒前教育で希望者にポートフォリオを使ったメンタリングをすれば私塾みたいで楽しく学生の成長をブーストできるんじゃないかとか、いろいろ発想が広がります。

おもえば、医学教育についてまじめに勉強したことがなかったのかもしれません。
基盤となる知識があると発想を広げることができるので楽しいですね。

まだ全体の3%くらいしか読めていないので、がんばって攻略していきます。


2019年6月3日月曜日

症例報告:Baker嚢胞破裂


この度,症例報告がJournal of General and Family Medicineに掲載されました!

Case Report
The crescent sign of ruptured baker's cyst
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/jgf2.261

診療所で遭遇したケースです。
特徴的な徴候からsnap diagnosisが可能ですが
「知らなければ思いつかない」の典型であり
患者が私の診療所を受診したときには発症後かなりたっていました。

鑑別にはエコーが大事、というのもポイントかと思います。

よろしければご一読いただければ幸いです.

2019年5月10日金曜日

活動報告:社会的バイタルサインで健康の社会的決定要因にアプローチする



全国の仲間と3年前から地道にやってきた活動を,Journal of General and Family Medicineに報告しました.

Letter to the Editor
Social vital signs for improving awareness about social determinants of health
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/jgf2.251

患者の社会背景を聴取し介入することが大事というのは
家庭医・総合診療医ならだれでもわかっていることです.

だけど,どうしたらいいかわからない.
多職種と協働しなくてはと思うけど,さてどうやってすればいいのか.

そのような疑問に,社会的バイタルサイン(Social Vital Signs: SVS)という概念を用いて答える内容になっています.

全国あちこちで行っているワークショップで,WONCA in Kyotoでも開催します.
この活動報告ははじめの一歩で,もっと実践と研究を積み重ねていきます.


2019年5月3日金曜日

症例報告:超高齢寝たきり患者に起きた消化管蠅蛆症



この度,症例報告がJournal of General and Family Medicineに掲載されました!

Case Report
Intestinal myiasis in a very elderly patient with inappropriate home care
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/jgf2.247

リンク先の写真は,まさに肛門に蛆がいる,という写真なので,もし見たくないという方はご遠慮ください(引きの写真しかなかったので,そこまで衝撃的ではないですが).

消化管蠅蛆症は日本でも戦後しばらくは山間部の外で遊びまわる児童を中心に発症していましたが,最近ではめっきり減り,世界的にもいわゆる途上国でときどき報告がある程度になっています.
そんな消化管蠅蛆症が都市部の寝たきりの超高齢者で起きた,というのがこの報告です.

Discussionでも書いていますが,超高齢寝たきりでの発症は最近の日本からの報告に限られており,日本における高齢化と不十分な医療福祉サービスの証左のように思えます.

よろしければご一読いただければ幸いです.


2019年4月16日火曜日

ヘモクロマトーシスのbeak sign (MKSAP)


初めて知ったので簡単にまとめます。

ヘモクロマトーシスは手関節や指関節の関節症を招くことがあります。
特徴は対称性かつ非炎症性であることで、さらに言えば第2、第3中手骨頭に変性が見られることがあるようです。

この時、変性した骨棘が鳥の嘴のように見えるため、hook signとかbeak signとか呼ぶようです。
さらに言えば、骨頭自体は四角形に変形するため、これをsquare-offというようです。

画像参照はこちら
これは知らなきゃ絶対疑えないですね。


2019年4月12日金曜日

ぶどう膜炎を初発症状とするリンパ腫はあるのか


我ながらニッチですね.
故あって調べてみました.


ぶどう膜炎を初発症状とするリンパ腫にはどうやら3パターンありそうです.

1.網膜硝子体リンパ腫などの眼内リンパ腫が,最初ぶどう膜炎のように見える

このケースシリーズ研究によると,網膜硝子体リンパ腫は初発から診断がつくまでに平均25カ月かかっており,ぶどう膜炎だとしてステロイドを使うことで腫瘍がマスクされてしまうこともあるようです.

2. DLBCLの初発症状がぶどう膜炎

やはりぶどう膜炎が起こって1-2年後に全身性のリンパ腫が発覚するパターンです.
参考文献はこちら

3. 中枢神経原発悪性リンパ腫の初発症状がぶどう膜炎

中枢神経原発悪性リンパ腫の3.5%でぶどう膜炎が初発症状だったとのことです.
脳外科の中では有名な話なのでしょうか.いろんなサイトで言及されていました.
参考文献はこちら




2019年4月5日金曜日

社会的排除と社会的包摂


健康の社会的決定要因について学習を進めると

貧困に関する理論の変遷の歴史の中に突如「社会的排除」あるいは「社会的包摂」という概念が登場してきたことが分かります.

いままで字面だけ見て何となく理解した気になっていたので,
ちゃんと勉強しようと思いこの本を読みました.





戦後フランスにおける政治的主張に端を発し,EC/EUに持ち込まれた概念なのですね.
道理で突然登場するわけです.

社会的排除は貧困の一形態ととらえるべきか否かなど,これまでの国際的な議論を基に,筆者がわかりやすく自分の立ち位置を提示しており,いちいち納得しました.

社会学の概念を知ることで,日常診療に奥行きがでる,という体感は確かにあり,
目の前の患者で起こっていることを少しでも理解するためには,このような人文科学に立脚した知識,社会で起こっていることを直視したうえでそれをどのように乗り越えるかという議論は大事だと思うのです.

というわけで,しばらくこの分野については集中的に勉強しようと思います.
日本語の文献があるのはいいですね.さすがに英語では読む気が起こらないです.


2019年3月4日月曜日

プライマリケアにおける診断(part last)



Donner-Banzhoff N. Solving the Diagnostic Challenge: A Patient-Centered Approach.
Ann Fam Med. 2018 Jul;16(4):353-358.

かなり手ごわい論文ですが,病院から診療所勤務になって,診断があわないと悩んでいるときなどには,非常に有用な内容が含まれています.


結論:患者中心は割に合う!

 患者中心が良質な家庭医療に不可欠な特徴であるとの主張は説得力があり,特にWcWhinney,Stewartとその同僚の言説がとりわけ有名である.(32,33)しかし,患者中心が人口に膾炙しているとは言えず,傾聴の欠如は医師の行動に対する批判の的として最もよくある部類のものだ.(34-36)効果的な関係性を構築することと診断を下すこととはお互い無関係のスキルだと思われがちであるが,この2つのタスクは相乗的なものであると強調したい.効果的な診断を患者との協働なしに達成するのは非常に困難である.診断的探究が行われるたびに,臨床上の問題空間内で新たな協働的適応が起こる.自らの利益となり,最終的に時間の節約にもなることが分かれば,プライマリケア医はみな問題探究の早期に患者を巻き込むようになるはずであり,このような診断戦略が私と同僚が帰納的渉猟と呼ぶものである.如何に医師が診断にたどり着くのかについての以上の説明は,プライマリケア診療に活気を与える以下のキーメッセージとして要約できる(表1).


表1:プライマリケアでの診断プロセスに関するキーメッセージ

・総合診療医のセッティングでは,存在しうる問題(診断)の問題空間はほぼ無限である.
・最近の研究が示唆する通り,すでに確立した描写やモデルは医師が診断にたどり着くために行っていることを十分に反映していない.
・帰納的渉猟と誘発されるルーチンによる問題空間の探索は,総合診療医のセッティングに適合可能な診断戦略として提唱されている.
・患者は上記の協働的プロセスにおいて中心的役割を担っている.

2019年2月25日月曜日

プライマリケアにおける診断(part 6)



Donner-Banzhoff N. Solving the Diagnostic Challenge: A Patient-Centered Approach.
Ann Fam Med. 2018 Jul;16(4):353-358.

かなり手ごわい論文ですが,病院から診療所勤務になって,診断があわないと悩んでいるときなどには,非常に有用な内容が含まれています.


患者の参加を必要とする適応戦略

 特定の徴候が仮に複数なかったとしても,関連疾患が十分除外できるわけではなく,そのためには問題空間を帰納的かつ協働的に徹底して探索するしかない(図2).そのためには,堂々といつもと違うことや心配していることを全て話すだけの十分な時間と動機が患者にあることが不可欠となる.威圧的な環境で業務を行っていたり,帰納的渉猟の段階で患者の話をあまりに早く遮ったりする医者には望みが薄い.導入で述べた薬剤誘発性頭痛の例が示す通り,そのような医師は,症状を説明できるあらゆる仮説の想起と関連情報の収集を全て独力で行わなくてならないため,重要な所見や仮説をどうしても見逃してしまう.以上より,診断プロセスの正確性は医師患者関係の質に大きく左右される.本稿でのべた最初の病歴聴取と診察のアプローチは,画像検査や侵襲的検査などにおけるshared decision makingにも活用できる可能性がある.(27)

 人間は自らの認知戦略を置かれている環境や手を付けている業務に適応させるものである.Elsteinらの独創性に富む研究(17)に参加した医師は,演者が演じた症例や紙上にかかれていた症例には明確な正解があるものと考えていたに違いない.医師が実際に直面する課題はそうではなく,その問題空間は潜在的には無限に広い(上記の通り)ものであり,患者の所見も多様かつ曖昧で医学的に説明がつかないことが多い.(16)問題空間が十分狭くなったものの関連情報がまだ見つかっていない段階になってはじめて,医師は戦略を仮説演繹法に切り替える.

 上述の現象学は,医学的診断に関連する他のプロセス(直感(25),経験則(29),パターン認識(30,31)など)を除外するものではない.パターン認識はたしかに一般的かつ適切なものであり,医師が適切な症状や徴候をすべて把握しているときに有効に働く.帰納的渉猟は不適当な結論に勇んでたどり着いてしまうことを防ぐことができる.(16)
患者と医師が協働して問題空間を探索するというのが,プライマリケアの診断プロセスの現象学を描写するのに最も適当である(図3に関連する戦略並びに陥りかねないピットフォールを示す).この協働的探索モデルは,すでに定式化された理論,特に閾値モデルと仮説演繹モデルに対しての批判に応えるものである.関連データの大半はプライマリケアから採られたものであるが,複数の疾患が関心の対象となる臨床セッティングであればいかなる場合でもこのモデルは適応可能であると信ずる.



2019年2月18日月曜日

プライマリケアにおける診断(part 5)



Donner-Banzhoff N. Solving the Diagnostic Challenge: A Patient-Centered Approach.
Ann Fam Med. 2018 Jul;16(4):353-358.

かなり手ごわい論文ですが,病院から診療所勤務になって,診断があわないと悩んでいるときなどには,非常に有用な内容が含まれています.


診断の仮説演繹モデル

 仮説演繹モデルは,医学における診断推論理論として今なお優勢を保っている.(17)このモデルによると,患者と出会った初期の段階で,医師は可能性のある説明(仮説)をいくつか思いつく.これらの仮説に従い,確定または除外のための追加の情報収集が行われる.提唱された当時に革命をもたらしたこのモデルは,病院勤務医が標準的な模擬患者の評価の際に行った自らの推論を省察する様子(思考発話)を観察することで得られた.(17)しかしこのセッティングでは実際のプライマリケアで患者を診察するのとくらべて特定の仮説の想起が起こりやすくなる.というのもプライマリケアでは患者の症状を医学生物学的枠組みの範疇で十分説明できないことが多いのである.(18)


確証バイアスか,それとも合理的反証戦略か

 臨床推論の過ちに関する文献では,確証バイアスが診断エラーの発生源として言及されていることが多い.(19,20)医師がこのバイアスの影響を受けると,自分が抱いている仮説を確かなものとする情報のみを探し集め,矛盾する所見を無視してしまうことになる.しかし,広大な問題領域を探索しなければいけない場合には,疾患の存在を示す証拠に注目するという通常なら批判される行為こそが理に適った戦略になる.

 上述の通り,重篤な病態は除外可能であるという仮定からプライマリケアの診断は始まる.診療の間,この仮定をもとに,特定の疾患を示唆する所見を探す形でcritical testが行われ,もし所見があればさらに追及をしていく.言い換えれば,明らかに医師は反証戦略を用いて,問題空間を上述の通り探索する.この早期段階では,陰性所見の確認に労力を使うことはない.陰性所見がもたらす情報はあまりないからである.ゆえに,疾患の有病割合が低い間は,医師が疾患の存在を示唆する所見(陽性所見)を探求するのは至極尤もなことである.(21,22)特定の疾患の存在を指し示す所見が積み重なり,その疾患の可能性が高くなってからでなければ,陰性所見は意味をなさない.

 このプロセスにおいて,医師は病理的異常による所見(症状,徴候,検査異常など)や特定の疾患が起こる頻度は50%よりずっと少ないという事実を活用する.(23)疾患が存在しないという当初の仮説に反して,医師は特定の疾患を示唆する所見を求めて問題空間を探索する.特異度の高い診断基準がこの段階でとりわけ有用であることは明らかである.もしそのような診断基準が満たされていれば,その疾患が存在する可能性が高いということになる.このような基準が存在するからといって,他の特定の疾患にも特異的であるということにはならない.プライマリケア医は数多ある疾患を(例えば「厄介でよくわからないウイルス」というように)グループ化して扱いやすくしている.(24)所見があることでさらに探求を深める価値のある領域が分かるなら,その所見は有用である.気道感染症の患者が呼吸困難感の症状を訴えれば,良性で自然と改善する疾患という当初の想定を翻して,新たな探求が引き起こされる.こうして狭まった問題空間には,肺炎,閉塞性肺疾患,鬱血性心不全などが含まれるであろう.「レッドフラッグ」の概念は,特定の仮説を必ずしも念頭に置かずに問題空間を探索するというこれまで述べた考え方に近い.何かがあわない,何かがおかしいという奇妙な感覚も同様に助けとなることがある.(25,26)



2019年2月11日月曜日

プライマリケアにおける診断(part 4)



Donner-Banzhoff N. Solving the Diagnostic Challenge: A Patient-Centered Approach.
Ann Fam Med. 2018 Jul;16(4):353-358.

かなり手ごわい論文ですが,病院から診療所勤務になって,診断があわないと悩んでいるときなどには,非常に有用な内容が含まれています.


空間を探索する

 実際の医師の営為,特に患者診察の初期段階での営為を描写するには,新しいやり方が必要である.そこで私は,医師はこの広大な問題空間をまず探索し,患者はそこで中心的役割を果たしているという考えを提唱する.


帰納的渉猟,そして誘発されるルーチン

 282のプライマリケア診療と163の診断エピソードの分析により,帰納的渉猟(inductive foraging)と呼ばれるプロセスが明らかとなり,これは特異的な仮説の生成に先行することが示されている.(5,16)このプロセスは,最初に患者に自分の問題を語るよう促すというものである.多くの場合,この語りは次いで主訴として記録されるものとは大きく異なる.患者が同時に語るものは,付随症状や機能的関連,そして多くの場合自分なりの説明や懸念である.もし患者が邪魔を受けず語り続けることができれば,患者は症状や問題を自分が知覚した通りに医師に伝え,問題空間の探索を誘導することになる.

 いくつか例を挙げる.倦怠感と抑鬱のある63歳男性が,最近シャツのボタンがかけにくいと語ることで,早期のパーキンソン病のヒントを提供する.67歳の退職した配管工がここ最近よくせき込むと話す.呼吸機能検査を行うべきか考えているときに,患者が現在地域のブラスバンドでチューバを演奏していると以前話していたことをなんとか思い出し,患者の呼吸機能は問題ないだろうと安心する.

 無限と言ってよい問題空間の中で,医師が直截的かつ多くの場合クローズドな質問で探索を行うということは,総合医のセッティングではまず現実的でない.一度患者の話の腰を折ってしまうと,患者は多くの場合受動モードに切り替わり,医師が思いつく範囲内の問題に関する質問だけに答えるようになってしまう.明らかに,このような早期閉鎖が起こると重要かつ思いがけない問題点が失われてしまう.どんな顛末を迎えるかは,導入で述べた薬剤誘発性頭痛の事例をみれば瞭然である.あの若い医師が薬剤の有害事象という仮説に自分の力でたどり着くとはあまり思えない.何とかたどり着くとしたら,冗長な質問を重ねあれこれ悩んだ挙句だろう.患者に病像を話すのに十分な時間を最初に確保し,積極的傾聴により患者の話を促すことは,患者にやさしいというだけでなく,診断を豊かにし診察の有効性を高めることにもつながる.

 患者の助けを得て問題空間が確定された後に,医師はその限られた領域を直截的な質問によって探索する.しかしこの探索は特定の仮説に従うものではなく,誘発されるルーチン(a triggered routine)と呼ばれる(図2).例えば,嘔吐したという患者に腹痛と便通について尋ねる.冒頭の若い医師が患者に頭痛の性状を訊くのもこの一例である.帰納的渉猟と誘発されるルーチンに,明確な仮説は必要でない.仮説をあまりに早期に検証するのは,重要な情報が失われるかもしれず,ともすれば有害ですらある.私たちが以前行った研究(5)によると,上述の探索戦略により十分な情報が得られるため,特定の診断仮説の評価が必要な診療は全体の半数に満たなかった.この半数以下の事例においてのみ,プライマリケア医は,Elsteinらの独創性に富む研究(17)に端を発する仮説演繹モデルが提唱するような特定の診断仮説を念頭に置いた追加データの収集を行う必要があった.



2019年2月4日月曜日

プライマリケアにおける診断(part 3)



Donner-Banzhoff N. Solving the Diagnostic Challenge: A Patient-Centered Approach.
Ann Fam Med. 2018 Jul;16(4):353-358.

かなり手ごわい論文ですが,病院から診療所勤務になって,診断があわないと悩んでいるときなどには,非常に有用な内容が含まれています.


臨床上の問題空間の環境特性

 閾値アプローチは,臨床上の問題空間(clinical problem space)が境界明確かつ大部分が特定可能な疾患により満たされていると仮定している.しかし,この仮定はプライマリケアでは当てはまらない.そこでは問題空間はほぼ無限であり,そして大部分は未分化なままである.そして重篤かつ特異的な疾患の占める割合は低い.(9)たとえば,胸痛を訴える患者においてでさえも,急性冠症状群の割合はわずか1.5-3.5%である.(10)同様に,腹痛のうち新生物によるものは僅か1%だけである.(11)肺塞栓症や解離性大動脈瘤といった他の多くの致死的病態は,プライマリケアのレベルでは定量化すらできないほど稀である.(12)このような疾患の確からしさを診断閾値に設定すると不合理なまでに低くなってしまう.言い換えれば,閾値モデルをそのまま適応すると,診察の端からほとんどの重篤な疾患が除外されてしまう!

 エビデンスに基づく医療において有名な教義に,疾患を除外するには感度が高い検査が良い(省略してsn-outと覚えられている)というのがある.(13)しかし,有病割合が低い状況では,検査後にその疾患がある確からしさ,つまり疾患の陰性的中率は変わらず低いままである.感度が高い検査ですら,この低い割合を変化させるのに有用ではない.例えば,プライマリケアにおいて胸痛を訴えて来院する患者に急性冠症候群がある割合は約2.5%である,(11)もし患者が十分若く(女性で65歳未満,男性で55歳未満),胸部の圧迫感や絞扼感がなければ,確からしさは0.26%に低下する.しかし,既知の冠動脈疾患や緊急往診の依頼といった陽性所見があれば,確からしさは臨床的意義のある42%まで上昇し,診断敷地を上回る.(14)言い換えれば,有病割合が低ければ,感度が高い検査でもほとんど情報をもたらさないことが多い.(15)

 上記の状況は,閾値モデルが内在している仮定,つまり診断プロセスの開始時点で疾患の確からしさは診断閾値と治療閾値の間にあるという仮定にそぐわない.では,プライマリケア医はいかにして最初から確からしさが診断閾値を上回っている疾患にたどり着いているというのであろうか.

 医師は数多くの重篤になりうる病態を除外しなくてはいけないため,この難題は非常に厄介である.さらに,プライマリケアでは漠然とした症状が多く,異なる説明が複数可能である一方でそれぞれの蓋然性は非常に低い.最後に,臨床的に重要な健康問題の多くは従来通りの疾患カテゴリーでは捉えられない.



2019年1月28日月曜日

プライマリケアにおける診断(part 2)


Donner-Banzhoff N. Solving the Diagnostic Challenge: A Patient-Centered Approach.
Ann Fam Med. 2018 Jul;16(4):353-358.

かなり手ごわい論文ですが,病院から診療所勤務になって,診断があわないと悩んでいるときなどには,非常に有用な内容が含まれています.


臨床上の意思決定に対する閾値アプロ―チ

 1980年,PaukerとKassirer(1)は診断の閾値モデルを提唱した.このモデルでは,医師がある疾患を想定しているときに取る行動は2つの閾値に依拠していると仮定する.つまり治療(あるいは検査,治療)閾値と診断(あるいは検査)閾値である(図1).疾患の確からしさが治療閾値を超えれば,医師は診断プロセスを終了し行動に移る.この行動は治療のこともあれば,状況に応じて他の手段(紹介など)になることもある.

 一方,疾患の確からしさが治療閾値を下回れば,医師はその疾患はないものと考え,疾患の確定や除外に関連するデータの収集を終了する.疾患の確からしさが診断閾値と治療閾値の間にある限り,更なる診断的検査が正当化され,治療閾値を上回る(疾患があるとみなされる)か診断閾値を下回る(疾患がないとみなされる)かして問題が解決されるまで続く.

 診断閾値と治療閾値の水準の設定に影響する因子として,疾患の重症度と検査や治療の利害が挙げられる.閾値を算出するformalなモデルは他にも提唱されている(2-4).閾値は数字で表されるだけでなく記述的にも表される.後者の閾値モデルは,医師が自身の診断プロセスを自身の価値観,あるいは患者の価値観(こちらのほうが望ましいが難易度は高い)に沿うものにする際に,助けとなってくれる.

 閾値モデルは直感に訴えるものがあるが,プライマリケアから発信された最近の研究によると,特定の仮説に狙いをつけた検査(演繹的検査)がみられた診断エピソードは40%に満たない.(5)特定の疾患仮説に的を絞らない戦略の方が一般的であり,仮説に基づく検査より多くの診断上の手がかりを得ることができる.(5)臨床で出会うすべての患者が,疾患の確からしさが2つある閾値の1つを超え,診断が決定して終わるわけではない.医師は,急性の重症疾患を除外したうえで,待機戦略をとる(つまり経過観察とする)ようにしている.(6)最後に,閾値モデルは医師に焦点を合わせている.つまりこの考え方では,患者は完全に受動的な立場にいる.これは,患者が臨床上の(診断に関する)意思決定に能動的に参加していることを示した実証研究と矛盾している.(7,8)

2019年1月21日月曜日

プライマリケアにおける診断(part 1)


Donner-Banzhoff N. Solving the Diagnostic Challenge: A Patient-Centered Approach.
Ann Fam Med. 2018 Jul;16(4):353-358.

かなり手ごわい論文ですが,病院から診療所勤務になって,診断があわないと悩んでいるときなどには,非常に有用な内容が含まれています.


診断上の難題を解き明かす:患者中心のアプローチ

要約

臨床上の問題を妥当にかつ異論のないように説明することは,医師のみならず患者にとっても重要なことである.医師が診断にたどり着く道筋については現在,閾値アプローチや仮設演繹モデルなどの理論があるが,それらは総合診療における診断プロセスの正確な描写には至っていない.総合診療で扱う問題空間の広さと各疾患の事前確率の低さを考えると,医師の鑑別診断リストにある特定の疾患を調べることに診断プロセスを矮小化するのは非現実的である.そこで,患者と医師が協働して診断に達する方法,とりわけ帰納的渉猟と呼ばれる,診断的ルーチンを誘発する情報を引き出すプロセスによる方法について新たなエビデンスが議論されている.診断上の難題の解決と患者中心の診療は切り離して考えるべきではなく,これらは相乗的なものである.


キーワード

臨床上の意思決定(clinical decision making)
診断(diagnosis)
仮説演繹法(hypothetico-deductive reasoning)
帰納的渉猟(inductive foraging)
医師(physicians)
プライマリケア(primary care)
プライマリヘルスケア(primary health care)
閾値モデル(threshold model)


はじめに

 フランス映画「かけがいのないものIrreplaceable」(原題はMédecin de Campagne:田舎の医師.監督Thomas Lilti)で,健康上の理由で診療を止めざるを得なくなった田舎の高齢医師が,代わりを務める若い同僚に自分の患者を紹介している.ある中年の患者が最近発症した頭痛の治療を求めて来院した.その若い医師は直截的な質問をたちまち浴びせて,部位や強さ,付随症状を突き止めようとしたが,このような的を狭く絞った質問からは全体像ははっきり浮かびあがらなかった.高齢の医師は,患者が診察の最初に何が言いたげにしていたが,若い医師がそれを遮ってしまったことに気付いていた.促されてようやく,患者は糖尿病の新しい薬を飲み始めてから頭痛が起こったことを語りだした.

 医師がどのように診断にたどり着くのかついて,議論は多くなされてきたが,それにくらべ実証研究はずっと少ない.Cognitive challengeは膨大であり,特にプライマリケアなど総合診療医のセッティングでは顕著である.しかし,従来の理論では医師がどう対処しているのかを十分に説明できない.以上を踏まえ,プライマリケアでの意思決定に関する最近のエビデンスに基づく新しいアプローチをここに提唱する.

 まず,従来の診断プロセス理論を概観し,プライマリケア現場での適合性について議論する.それから,最近登場したエビデンスを援用し,総合診療医の診断プロセスに対する今までと異なる概念化を提示する.


2019年1月14日月曜日

家庭医療に関する疑問と回答(part last)


Kozakowski SM et al. Responses to Medical Students' Frequently Asked Questions About Family Medicine. Am Fam Physician. 2016 Feb 1;93(3):Online. (PMID: 26926619)

家庭医療について医学生が抱きがちな疑問にたいして,Q & Aでまとめています.
日本でも米国でもこの辺りの事情はあまり変わらないですね.

回答は当然米国の状況を反映しているものですが,読んでいて非常に面白いです,
何回かに分けて訳します.今日で最終回です.


家庭医療の研修を受けることでヘルスケアのリーダーになる準備がどのようにして整うのか?

 家庭医療はシステムに基づく診療に重きを置いており,また研修も幅広いため,家庭医はヘルスケアシステムを率いるリーダーとして引っ張りだこになるものである.患者,地域,そしてヘルスケアシステムは,予防医療,急性期医療,慢性期医療の各サービスを提供する際の複雑性を心の底から理解しているような臨床で研鑽を積んだリーダーを求めている.家庭医は他の専門科医師,ヘルスケアに関わる専門職種,ヘルスケアの支援者と専門領域を超えて協働し,ヘルスケアを届けることの全体像を提示することができる.自分の住む地域や州のAAFPの支部に参加しリーダーシップを発揮する機会はたくさんある.


家庭医療の未来はなぜこれほどまでに明るいのか?

 包括的なプライマリケアこそが,地域社会の健康を守り,国家が健康を増進し,健康格差を減らし,ヘルスケアの質を向上させ,ケアにかかるコストを下げるための解決策であるという認識が徐々に社会に広がっている.世界を見わたしても,プライマリケアを基盤としたヘルスシステムはコストが低く,質が高く,ケアへのアクセスも良好である.卒前医学教育の協議会であるジョサイヤメイシージュニア基金をはじめとする高名な機関や政策立案者も,より多くのプライマリケア医を育成する必要性があると言明している.

 患者保護並びに医療費負担適正化法 には,プライマリケアを強化するカギとなる上行がいくつかある.その中には,プライマリケア医への支出を増やし,先進的なプライマリケアモデルの創出を促すものもある.2015年4月の画期的な法案の成立をうけて,サービスの量ではなく結果と質に褒賞を与える新しい支払制度が導入されつつある.

 米国のヘルスケアシステムの急激な変化により家庭医の必要性が高まっている.推算では2025年までにさらに52000名のプライマリケア医が必要になる.ゆえに,家庭医がどの専門科よりも求人率が高いことは驚くことではない.

 2014年より始まった「アメリカの健康のために家庭医療を」プロジェクトにより,診療モデル,支払い,技術,労働力,教育,研究を向上させるロードマップが作成された.これは,患者,雇用者,支払者,政策立案者,プライマリケアに関わる他の専門職と協働して,プライマリケアの価値と利点,そして米国全土で健康とヘルスケアの需要を合致させるために家庭医がどれだけ貢献できるかを示すことを目的としている.

 家庭医は,医学のアートとサイエンスをどちらも用いて,長く続く関係性を活かし健康とウェルビーイングに影響を与える.これが,家庭医が自分の仕事を愛する理由であり,家庭医療のキャリアを選ぶ人の将来が輝かしいものとなる理由である.


2019年1月7日月曜日

家庭医療に関する疑問と回答(part 7)



Kozakowski SM et al. Responses to Medical Students' Frequently Asked Questions About Family Medicine. Am Fam Physician. 2016 Feb 1;93(3):Online. (PMID: 26926619)


家庭医療について医学生が抱きがちな疑問にたいして,Q & Aでまとめています.
日本でも米国でもこの辺りの事情はあまり変わらないですね.


回答は当然米国の状況を反映しているものですが,読んでいて非常に面白いです,
何回かに分けて訳します.


家庭医はどのようにして専門の幅を超えて医学の進歩に遅れないようにしているのか

 専門に関わらず,全ての医師は患者に可能な限り最善の医療を提供する義務がある.家庭医療は専門領域の幅が広すぎて知る必要があることを全て学ぶことなどできないのではと心配になるかもしれないが,それは全くの間違いである.家庭医療のレジデンシーでは大多数の患者の心配事を上手に管理し,自分の限界を認識し,資源を活用し,生涯学習のスキルをコアとなるスキルを学ぶことができる.

 医学は進歩するため,最新かつ最良の医学的エビデンスを知っておくことは重要である.家庭医は情報源を数多く持っており,あなたが好きな学習スタイルに合うものもあるだろう.これらの情報源には,生の事例や机上の事例,モノグラフ,オーディオポッドキャスト(米国家庭医療学会のポッドキャストなど),雑誌(American Family Physicianなど)などがある.医療アプリの活用はここ数年で急増しており,ベッドサイドツールとしてのみならず継続的な医学教育の機会にもなる.


医学教育と家庭医キャリアの経済面での現実はどうか?

 医学教育を受けるのは金銭的負担であり,医学生はほぼ全員,研修期間に多額の借金を背負うことになる.米国医科大学協会は2014年10月に,借金の中央値は18万ドルであると報告した.家庭医の給料は,しっかり計画して,様々な返済オプションを使えば,借金の返済がゆったりと可能である生活を保障する.

 返済免除または返済支援プログラムに加入することを計画している医学生は3人に1人を越える.このようなプログラムは通常,返済免除の代わりに医療資源の乏しい地域で診療を行うことをレジデントの卒業生に求めるが,その場合でも他の臨床医と同様の給与と利益は確保される.

 2006年以降,家庭医は最も求人の多い専門科であり,初任給の平均は19万8千ドルである.家庭医の需要が高まるにつれ,給与も高くなっている.カリフォルニア南部のある大規模な統合医療システムでは,最近になり家庭医の初任給を25万ドルに増額した.平均的な家庭医の給与は米国全体での世帯収入の上位6%に入っている.