2020年12月28日月曜日

難聴のレビュー

 

難聴についての良くまとまったレビューがCan Fam Physicianに掲載されていました.

Daniel Newsted, Emily Rosen, Bonnie Cooke, Michael M. Beyea, Matthew T.W. Simpson, Jason A. Beyea. Approach to hearing loss. Can Fam Physician 2020;66 (11):803-809


Figure 1がすべてですね.



ポイントだと思った点を列挙します.

・難聴をきたす薬剤は抗がん剤,抗菌薬(アミノグリコシド,マクロライド,バンコマイシン),サリチル酸.

・フロセミドはシスプラチンおよびアミノグリコシドの耳毒性を増強する.ループ利尿薬による難聴は見落としそう.

・基本的知識ですが,片側の突然の感音難聴は突発性難聴→高用量ステロイドですね.(1 mg/kg to a maximum of 60 mg/d for 1 week, tapering during the second week)

・感音性か伝音性かの判断は,Weber徴候,Linne徴候が参考になる…とありますが,実際やってみてもはっきりわからないことが多い印象です.緊急性がなければ一度は耳鼻科紹介が望ましいかと思います.

・鼓膜所見はしっかり見ましょう.

・耳硬化症は鼓膜所見正常の伝音性難聴で疑います.比較的若年で緩徐進行です.手術で劇的に改善する可能性があるので,見逃してはいけないですね.

・高齢者の難聴は,転倒,社会的孤立,精神疾患,認知症のリスクです.


定期通院している高齢者で耳が遠い人は多いですが,せめてお薬手帳と鼓膜はみようと再認識させられました.


2020年12月21日月曜日

アルコール依存とは何かを言語化する

 

この記事は,大学院での課題レポートをもとに作成したものです.


アルコール依存の方を診る機会が多く,「医師として診察するにあたって」アルコール依存の状態をどのように解釈したらよいのかを考えてみました.


Handbook of Alcoholism Treatment Approachesという文献では

アルコール依存をとらえる主なモデルとして

「モラルモデル」「疾病モデル」「政治経済モデル」「社会文化モデル」の4つを上げています.

これらのモデルはどれが正しいというものではなく,真の理解と対処のためにはすべてのモデルを用いる必要があるというものです.


モラルモデルでは,アルコール依存は自己をコントロールできず社会的責任感のない個人が不道徳な選択をした結果であり,宗教的な背景をもとに罰を与えることで対処すべき状態であるとしています.現在でも飲酒を戒律違反とするムスリムや一部のプロテスタントといった宗教的側面を共有する社会において優勢なモデルです.

現在の日本においても,著名人のアルコール依存(または薬物依存)にかかわる報道に対し,社会的な罰をあたえることで「改心」をうながすモラルモデルが支配的であるように思われます.

一方で,当事者である著名人が「(アルコール依存を含む依存症は)一人では回復できない病気」(高知東生 Twitter 2020年9月22日21:53)「依存症は脳の機能不全。病気です。」(東ちづる Twitter 2020年9月24日 14:32)と主張し,次に述べる疾病モデルの重要性を訴える意見も見聞されます.


疾病モデルでは,アルコール依存を治療の必要な疾病としてとらえます.

生物医学の発展によりアルコール分解酵素などの遺伝的差異が明らかになったこと,フロイトの性心理気道モデルに代表される心理学的モデルによりアルコール依存を精神疾患ととらえることが可能になったことが,このモデルを後押ししています.

精神疾患の分類と診断のマニュアル(DSM-5)は典型的な疾病モデルの例です.

DSMにはalcohol use disorderという項目があり,11の症状のうちいくつ当てはまるかで重症度を分類しています.「患者」の状態のみに着目して「診断」がなされる点に注意です.


政治経済モデルでは,アルコール依存が貧困,失業,社会的周辺化と結びついていること,政府やグローバル企業が合法的な依存としてアルコールを推奨していることなどに注目し,社会的経済的な不平等がアルコール依存を生み出す仕組みに関心が寄せられます.

現状の政治・経済の仕組みを批判的にとらえ,不正義,不公正が弱い立場にある人に悪影響を与えているというパラダイムに依拠しています.

政治経済モデルの具体例として,WHOが発表した健康の社会的決定要因に関する冊子The Solid Factsがあります.ここでは「アルコール依存症、不法薬物の使用や喫煙は全て社会的・経済的に不利な状況と密接に関わっている」との主張がなされています.


社会文化モデルでは,アルコールの使用は特別の文化的意味が付与されており,文化の定めたルールが正常とされる飲酒と以上とされる飲酒とを区別する,という考えに立ちます.日本では諸外国と比較して,「酔っ払い」が外でふらついていることが許容される,アルコールの宣伝広告が多くみられるなど,飲酒に寛容な文化であると思われます.


以上のモデルはすべて,当事者ではない者(医師や社会学者など)からの視点で書かれたものです.

一方で,当事者自身がアルコール依存をどのように位置づけて,どのように向き合っているかということを知ることが,共同創造の観点からは求められます.

共同創造とは,当事者ではない研究者や集団がどのような財やサービスをどのようにデザインするかを決めるのではなく,その過程で当事者や支援者の視点を取り入れる,あるいは当事者や支援者が主導することを指し,身体障害,発達障害などに対する支援や研究において採用されてきた手法です.

共同創造や,それに関連する当事者研究では,当事者がもとから抱える本質的な生きづらさや,物質に依存せざるを得ない状況への対応について語られています.


余談ですが,当事者研究については目下最大の関心事でして,学習を深めているところです.コロナ禍だけどそこまで流行していない地域の家庭医の当事者研究とかしてみたいです.


本題に戻ると,アルコール依存を医師として診察する際には,疾病モデルがもつ「依存症は治療が必要な病気であり,患者は治療に専念するために守られるべき存在である」という枠組みを有効に活用しながらも,患者の文化的背景や,患者に影響を与える政治経済的問題についても探索することが必要だろうと考えます.

加えて,当事者の語りに耳を傾けて,回復の目標や必要な支援について共同創造を行うことが重要であると考えます.


結論は大したことないですが,いままでなんとなくこうやったらうまくいくこと多いよなと思いながら探り探りやっていたアルコール依存診療が,少し言語化できたような感じがします.


【参考文献】

第8章「文化と薬理学-医薬品,ドラッグ,アルコール,タバコ」4節「飲酒と乱用」In: ヘルマン医療人類学 金剛出版 2018年 pp.211-7.

臨床心理学増刊第9号「みんなの当事者研究」熊谷晋一郎=編 金剛出版 2017年



2020年12月14日月曜日

Clinical Pictureが出版されました.


 

Hunter舌炎のClinical ImageがInternal Medicineに掲載されました.

https://www.jstage.jst.go.jp/article/internalmedicine/advpub/0/advpub_6004-20/_article

大したことのない症例報告で恐縮ですが,まだHunter舌炎がPictureとして掲載されていない雑誌を選んで,次の2点のメッセージを強調したことで,アクセプトしていただけたのかなと思っています.


①すでにビタミン製剤が投与されている場合は,ホモシステイン値を測定しましょう.

②舌炎は神経症状や貧血に先行して出現することがあるので,典型的な画像を再度確認しておきましょう.


完全に個人的な姿勢の話なのですが,

症例報告をするときには,珍しい疾患や病態はあえて取り上げないようにしています.

読者を自分と同じ家庭医と設定して,

日常のプラクティスに影響を与えるようなテーマを選んでいます.


今回は非常に典型的なケースで,新規性はないですが,

少しでも皆様のお役に立てればと思います.



2020年12月7日月曜日

活動報告のレターが出版されました.

 

Journal of General and Family Medicineに,中小研修病院の研修医を対象に行っている教育活動について報告したレターが掲載されました.

Circum‐Setouchi conference: Transboundary support for residents in small‐scale programs


中小研修病院では,地域に根差した医療,患者の社会的背景を考慮し,多職種協働により行われる医療を学ぶことができる一方,教育資源と同期が少ないため研修医は漠然とした不安を感じていることが先行研究から分かっています.

そこで,10の研修病院の研修医が月1回あつまり,一緒に学び交流する場を運営してきました.

研修医はそこで,医学的知識の獲得のみならず,自分の研修を振り返り,改善点を探すということをしていることが分かりました.また,自分の研修の到達度を多プログラムの研修医と比べることで相対化し,漠然とした不安を解消していました.


コロナ禍のためオンラインでの運営になりました.オンラインならではの利点のなかで,チャット機能を有効に活用することで,臨床推論カンファランスの運営がスムーズになり,さらに参加者同士の交流が図れることが分かりました.

学習者と双方向の意見交流を行う際に,チャット欄をメインに用いて,学習者の書き込みをファシリテーターが順次読み上げコメントをしていく,ラジオDJのような進行により,コミュニケーションが促進されました.


今後もしばらくオンラインカンファレンスは増えそうなので,皆様のご参考になればと思います.