2019年2月18日月曜日

プライマリケアにおける診断(part 5)



Donner-Banzhoff N. Solving the Diagnostic Challenge: A Patient-Centered Approach.
Ann Fam Med. 2018 Jul;16(4):353-358.

かなり手ごわい論文ですが,病院から診療所勤務になって,診断があわないと悩んでいるときなどには,非常に有用な内容が含まれています.


診断の仮説演繹モデル

 仮説演繹モデルは,医学における診断推論理論として今なお優勢を保っている.(17)このモデルによると,患者と出会った初期の段階で,医師は可能性のある説明(仮説)をいくつか思いつく.これらの仮説に従い,確定または除外のための追加の情報収集が行われる.提唱された当時に革命をもたらしたこのモデルは,病院勤務医が標準的な模擬患者の評価の際に行った自らの推論を省察する様子(思考発話)を観察することで得られた.(17)しかしこのセッティングでは実際のプライマリケアで患者を診察するのとくらべて特定の仮説の想起が起こりやすくなる.というのもプライマリケアでは患者の症状を医学生物学的枠組みの範疇で十分説明できないことが多いのである.(18)


確証バイアスか,それとも合理的反証戦略か

 臨床推論の過ちに関する文献では,確証バイアスが診断エラーの発生源として言及されていることが多い.(19,20)医師がこのバイアスの影響を受けると,自分が抱いている仮説を確かなものとする情報のみを探し集め,矛盾する所見を無視してしまうことになる.しかし,広大な問題領域を探索しなければいけない場合には,疾患の存在を示す証拠に注目するという通常なら批判される行為こそが理に適った戦略になる.

 上述の通り,重篤な病態は除外可能であるという仮定からプライマリケアの診断は始まる.診療の間,この仮定をもとに,特定の疾患を示唆する所見を探す形でcritical testが行われ,もし所見があればさらに追及をしていく.言い換えれば,明らかに医師は反証戦略を用いて,問題空間を上述の通り探索する.この早期段階では,陰性所見の確認に労力を使うことはない.陰性所見がもたらす情報はあまりないからである.ゆえに,疾患の有病割合が低い間は,医師が疾患の存在を示唆する所見(陽性所見)を探求するのは至極尤もなことである.(21,22)特定の疾患の存在を指し示す所見が積み重なり,その疾患の可能性が高くなってからでなければ,陰性所見は意味をなさない.

 このプロセスにおいて,医師は病理的異常による所見(症状,徴候,検査異常など)や特定の疾患が起こる頻度は50%よりずっと少ないという事実を活用する.(23)疾患が存在しないという当初の仮説に反して,医師は特定の疾患を示唆する所見を求めて問題空間を探索する.特異度の高い診断基準がこの段階でとりわけ有用であることは明らかである.もしそのような診断基準が満たされていれば,その疾患が存在する可能性が高いということになる.このような基準が存在するからといって,他の特定の疾患にも特異的であるということにはならない.プライマリケア医は数多ある疾患を(例えば「厄介でよくわからないウイルス」というように)グループ化して扱いやすくしている.(24)所見があることでさらに探求を深める価値のある領域が分かるなら,その所見は有用である.気道感染症の患者が呼吸困難感の症状を訴えれば,良性で自然と改善する疾患という当初の想定を翻して,新たな探求が引き起こされる.こうして狭まった問題空間には,肺炎,閉塞性肺疾患,鬱血性心不全などが含まれるであろう.「レッドフラッグ」の概念は,特定の仮説を必ずしも念頭に置かずに問題空間を探索するというこれまで述べた考え方に近い.何かがあわない,何かがおかしいという奇妙な感覚も同様に助けとなることがある.(25,26)