2020年2月24日月曜日

COPD患者の高血圧治療


NEJMのReview Articleに,COPD患者の高血圧治療が載っていました.
むちゃくちゃコモンなので,まとめます.

Treating Hypertension in Chronic Obstructive Pulmonary Disease

つまるところ,Table 3を押さえておけばよいのでしょう.
抄訳がこちら.

薬剤
一般論
COPD患者では
薬剤の注意点
サイアザイド
第一選択薬として安全かつ効果が高い
COPD関連入院↓

COPD+心不全患者の心不全関連入院↓

フレイルや骨粗鬆症がある患者で使用を考慮:サイアザイドには骨保護効果あり
サイアザイド誘発性代謝性アルカローシスの注意がいわれてきた.しかし,現在のエビデンスでは,呼吸抑制や酸塩基異常悪化の誘発は否定的

単剤使用(用量依存性)または吸入β2刺激薬+ステロイドとの併用で低カリウム血症↑

カリウム値は定期チェック

血糖,脂質,電解質異常も定期チェック
ループ利尿薬
心不全で必要な場合を除き,COPD患者への使用は控える
代謝性アルカローシス・高二酸化炭素血症↑

COPDまたは肺炎による救急受診・入院↑
単剤使用または長期ステロイドとの併用で尿中カルシウム排泄↑

骨脆弱性のリスクがある患者では使用注意

疾患の重症度に応じて,高二酸化炭素血症と酸素飽和度をモニターすべき
ACE阻害薬
第一選択薬として安全かつ効果が高い
血管浮腫↑

COPD急性増悪による入院患者での死亡率↓

呼吸機能↑
咳嗽出現↑

反応性咳嗽の患者では使用注意

喫煙者では避ける

サイアザイド,β2刺激薬,ステロイドによる低カリウム血症の危険性を相殺する

カリウム値や腎機能の変化をモニターすべき
ARB
第一選択薬として安全かつ効果が高い
COPD患者で安全

ステージⅢ,ⅣのCOPD患者でも忍容性OK
サイアザイド,β2刺激薬,ステロイドによる低カリウム血症の危険性を相殺する

カリウム値や腎機能の変化をモニターすべき
Caチャネル遮断薬
第一選択薬として安全かつ効果が高い
肺にあまり影響ををあたえない

ジヒドロピリジン系はCOPD患者に安全である

心拍出量が低下した心不全患者では,ベラパミルとジルチアゼムは避ける
ジルチアゼムとベラパミルはCYP450 3A4が阻害されると血中濃度が上がるため,併用薬に注意
β遮断薬
明確な適応症があれば使う

動脈硬化性心血管疾患があれば,cardioselectiveな薬剤は使うべき

心不全やCOPDがあっても,益が上回る
非選択性薬剤では気管支攣縮が起きる,cardioselectiveでも高用量なら稀に起こる

心拍出量が低下した心不全患者,最近の心筋梗塞の既往,狭心症のある患者で推奨
非選択性薬剤は使用を避ける

cardioselectiveであっても,可能な限り低用量で開始し,ゆっくり漸増する

呼吸困難感,運動不耐,咳嗽,吸入薬頓用の増加など新規症状の出現に留意する

COPDと高血圧はよく併発するし,肥満,心不全,冠動脈疾患を有している場合も多いです.
なので,COPD+高血圧患者を診れば,高血圧や心不全,冠動脈疾患を探し,上記の表を参照に適切な薬剤を選択する必要があります.

ポイントはβ遮断薬の使い方だと思います.
HFrEF,心筋梗塞後,狭心症があれば,COPD患者であってもβ遮断薬を使え,となっています.
ただし,慎重に経過観察をしながら,です.
喘息やACO(asthma-COPD overlap)の可能性については慎重に検討が必要です.
もちろん,急性増悪や酸素吸入が必要な重症例でも一様に適応すべきではないと思います.
個人的には,カルベジロールが添付文書上禁忌なので,COPDに対する最適な治療を行っている前提で,ビソプロロールを少量から開始することが多いです.

この記事のように,併存疾患を考慮したレビュー記事がもっと増えていけばよいなと思います.



2020年2月17日月曜日

Trainee in Difficultyについて


日本プライマリケア連合学会が企画した,英国家庭医療学会(RCGP)指導医を招いての講習会(Training the trainer: TTT)に参加しました.
https://www.rcgp.primary-care.or.jp/

TTTでの学びを文献的に深めるためにいろいろ書いてきました.
今回はTrainee in Difficulty(TID)についてです.
TTTでは,difficult traineeやproblem learnerといった表記ではなく,TIDが使われていました.
学習者自身がdifficultではなく,学習者がいる環境がdifficultであるのだ,と強調するためだと思います.
全ての責めを学習者に帰すことを戒めての表現です.
このあたり,いわゆるdifficult patient encounterと同根だと思います.

スライドに引用されていたBMJの文献が素晴らしかったので,以下それをまとめる形となります.
Steinert Y. The "problem" junior: whose problem is it? BMJ. 2008 Jan 19; 336(7636): 150–153. PMID: 18202068
(リンク先PMCより全文読めます


文献の要点は以下の通り
・いわゆる「問題のある」研修医は,もしかしたら知識,態度,技術のどれかに問題があるために,期待に応えることができないのかもしれない.
・指導者は,問題が指導者にあるのか,学習者にあるのか,システムにあるのか,どこにあるのかを見定めないといけない.
・なにか介入を行うなら,学習者に関する情報を注意深く集めてからにする.
・指導者は,学習者の改善の余地を見出すのと同様に,学習者の強みも見出さなくてはいけない.
・介入の例は以下の通り:見守りとフィードバックを増やす,助言者との時間を作る,毎週の学習会,コア知識のレビュー,診療場面のビデオレビュー,コンサルティング.
・正当な手続きで,公平性を保ち,秘密を保ち,インフォームドコンセントを得るために,指導者は研修医と協働しなくてはいけない.

まずは問題を突き止めなくてはいけません.
何となく「ダメな奴」ではいけないということです.
何が問題なのか?
誰の問題なのか?
解決しなくてはいけない問題なのか?
という問いかけが重要です.

問題の所在が指導者にある,ということがままあります.
つまり,同定した問題に自分がどれだけ寄与してしまっているのかを考えなくてはいけない,ということです.
学習者についてどのような感情を抱いて,どのように対応しているのかを,指導者自身が知る必要があります.

学習者の状態を知ることも当然必要です.
たとえば,生活上のストレスがないのか,うつなどになっていないか,などです.
なによりも,「できない研修医」とラベリングすることそのものが,学習者に多大な負の影響を与えることを認識しておく必要があります.

システムの問題としては,基準や責任が不明確,過度な業務量,対応が困難な患者を担当している,教育内容が一般していない,フィードバックがない,といったものがあります.

問題を突き止めたとして,果たしてそれが本当か,ということを確認しなければいけません.
明確な証拠を集めずに,揣摩臆測で学習者を断罪するなどはあってはならないことです.
様々な状況下で研修医を観察し,同僚と評価が一致しているかを確認します.

ついで介入策を考えることになりますが,介入プログラムを策定する際に学習者本人にかかわってもらうことが不可欠です.欠席裁判をしてはいけないのですね.
また,何をしたかをすべて明示化し,デュープロセスを踏むことが大事です.


以上,ざっと書きましたが,私が心に残った点は以下の通り.

・TIDの裏に健康&家庭問題が隠れている,ということはありそうな話.外来で慢性疾患のコントロールが悪くなった背景に家族の問題があった,という家庭医療あるある話と相通じるところがありそう.

・TIDの問題のありかは学習者,指導医,システム.おそらく問題となるケースではどれにも問題があることが多いのではないか.学習者の問題だけを探究するのではなく,指導者とシステムを意識する必要がある.

・学習者の強みを引き出す,というのは,よく言われていることだがとても大事だと思う.どうしても「あいつはなんてダメな奴なんだ」モードになりがちな中で,意識して強みを見つけるorパラフレーズするのは重要な視点.

・早期から学習者自身を巻き込む,というのは,自分に欠けていた姿勢だなと思う.


2020年2月10日月曜日

医療面接技法の指導


日本プライマリケア連合学会が企画した,英国家庭医療学会(RCGP)指導医を招いての講習会(Training the trainer: TTT)に参加しました.
https://www.rcgp.primary-care.or.jp/

今回は,医療面接技法(consultation skill)をどう教えればよいのか,についてです.
自身を振り返って,どうしても自己流に陥りがちなところです.
しかし,家庭医にとっては肝なので,どうやって指導したらよいのか,向き合わなくてはいけません.

前提ですが,卒前OSCEのような「主訴→現病歴→既往歴→家族歴→…」という伝統的スタイルではなく,患者中心のconsultationについて考えます.

consultation modelとしては,日本だと「患者中心の医療」(PCCM)が有名ですが,英国だと知っている人は少ないようです.RCGPの指導医も本国では知らなかったと言ってました.
日本で広まった背景には,福島医大の葛西先生によるものが大きいようです.

英国だとCambride Calgary Counsultation Modelや,The inner consultationが広く受け入れられているようです.
個人的には,自分の外来はPCCMとInner consultationのハイブリッドだと思っています.
両モデルからはかなり強い影響を受けています.



医療面接のモデルは,英国で1970-80年代に多く開発されたそうです.
1950-60年代はNHSが始まって間もない時期で,GPは「二流の医者」だと思われていたようです.そこで1970-80年代に家庭医の専門性を深めようと,医療面接モデルの研究が広がったとのことでした.

講義ではCambride Calgary Counsultation Modelが主に紹介されていました.
(下図.引用はhttps://www.slideshare.net/FayzaRayes/consultation-models-15974766)


ここからが本題.どのようにスキルを教えるか,です.
手法としては,ビデオレビュー(COT),直接観察,joint surgery(指導医の外来を専攻医が診る+専攻医の外来を指導医が診る),多職種評価,joint visit(訪問診療に一緒に行く,車内がとても重要な時間),trigger tape(診療場面の一部分を切り取り,集中的に議論する)などがあります.

1つの診察はとても複雑なので,1回で診察の全てを振り返ろうとすると大変です.
チャンクに分解することで議論がしやすくなります.
たとえば,診察の開始の場面だけを取り出して,他にどんな方法があるか試してみる,といった感じです.
これをmicro-skills teachingといいます.

micro-skillの例としては,ICE(Idea, Concept,Expectation:日本で言う「かきかえ」),心理社会的側面への言及,患者の話の要約,micro cues(患者の内面を示すちょっとしたサイン),患者の理解の確認,セーフティネット,ボディーランゲージ,タイムマネージメントなどがあります.

ロールプレイで気づいたことは以下の通り.
・評価ポイントは明確にして,事前に学習者に知らせておく
・改善点は具体的に述べる
・指導者は,気づいたところをワーッといいがち.まずは学習者自身に振り返ってもらう
・指導はポイントを絞る

今後,教育する場面が増えるので,以上を頭に入れて実践していきたいです.



2020年2月3日月曜日

Hidden curriculumについて


日本プライマリケア連合学会が企画した,英国家庭医療学会(RCGP)指導医を招いての講習会(Training the trainer: TTT)に参加しました.
https://www.rcgp.primary-care.or.jp/

引き続き学んだことをブログにまとめていきます.
今回はhidden curriculumについて.
講習を受けるまで,何となくの理解にとどまっていました.

まずカリキュラムとは何か,について..
AMEE Medical Education Guide No. 23 (Part 1)(PMID: 12098379)によると
カリキュラムとは"everything that happens in relation to the educational programme"
つまり,教育プログラムに関連して起こる全ての出来事の総体がカリキュラムである,というわけです.
本文中では,カリキュラムは環境(environment)として概念化されるものであると論じられており,カリキュラム開発とは環境の変化に他ならないとしています.

また,カリキュラムには以下の3つのレベルがあり,これはどれも相異なるものです.
・Planned curriculum:このようにしなさいといわれたカリキュラム
・Delivered curriculum:実際に現場で提供されるカリキュラム
・Experienced curriculum:学習者が実際に学んだカリキュラム

たとえば,総合診療専攻医はこんな研修をせよとお上からお達しを受けるのがplanned curriculumです.
そして各現場で指導医その他が専攻医にむけて行うのがdelivered curriculum.
専攻医が実際にその場で学び取ったものがexperienced curriculumです.

experienced curriculumの特徴として,教育者がその内容をすべてコントロールできない,という点を認識しておく必要があります.
当たり前の話なのですが,指導医がこれを伝えたいと熱く指導しても,学習者がその内容を学ばなければexperienced curriculumにはならないし,逆にそんなこと教えたつもりはない,というものでも学習者が身に付けてしまえばそれはexperienced curriculumになります.
教えられたのに学ばれなかったカリキュラム内容もあれば,教えられなかったのに学ばれたカリキュラム内容もある,ということです.

現場では,学習者は様々な場面で刻一刻と学びます.
その中には,意識的な学びもあれば,そうでない学びもあります.
指導者は,現場で起こり学習者が体験したことすべてがカリキュラムとなることを認識し,学習者との出会い(encounter)一つひとつが学習者にインパクトを与えることを自覚しなくてはいけません.

つまり,カリキュラムは学習者が経験するすべてのこと,と考えるなら,学習者の経験の大半はhidden curriculumとなるわけですから,普段の現場の環境や,指導者がどのように振舞っているのか,ということから学習者は最も多くの学びを得るはずです.
指導医の一挙手一投足はもちろん,例えば看護師の患者への接し方,医局で聞こえる噂話,スタッフ間の人間関係など,とにかくそこでおこるすべてが学習者に強い影響を与えるのです.

ここで考えるべきことは,臨床現場は教育を第一として想定されていない,ということです.
患者への医療の提供が第一となるのは当たり前ですが,他にも経営問題や患者安全など様々な課題があります.
だからこそ,医療現場は教育の場でもある,ということを常に組織全体にリマインドし,教育する文化を構築する必要があります.
そして,これまでの議論から,教育する文化とは,教育者が常にポジティブな内容に接することができる環境を多職種でつくりあげることである,といえます.

ここから先は私見ですが,hidden curriculumは学生や研修医にとって重要なだけでなく,その現場で働くスタッフや指導者自身にとっても大きな意味を持つものでしょう.
利用者・患者の悪口を平気で言うような環境では,自分もやさぐれてしまいます.
逆に,患者のために一肌脱ぐぞ,という雰囲気の環境では,自身の医療行為もおのずと似た色彩を帯びるようになるでしょう.
医療者の自己犠牲を美徳とする環境なら,やはり燃え尽きるまで働く医療者が増えそうです.

というわけで,筆の赴くまま散らかしながらですが,以上がhidden curriculumについて現時点での私の理解の到達です.