2019年11月18日月曜日

Vertical Tracingの実践例


(以下、自験例を大幅に改変しています)

80歳台男性。
1週間前に発熱が出現した。近医で抗菌薬投与を受けていたが、解熱せず。
3日前から咳嗽が出現した。解熱が得られないため当院を受診した。

診察室に入ってきた瞬間に診断はついた。
あきらかに頻呼吸で、呼気が延長していた。
呼吸補助筋の肥大と胸郭運動もあり、両側全肺野でwheezesを聴取。
心不全の所見は乏しく、β stiumulantsの吸入で呼吸症状は直ちに軽快した。

血液検査ではWBC 16000, CRP 25。
胸部X線検査では、両下肺野に網状影があり、CTではCPFEに一致する所見であった。

濃厚な喫煙歴があり、COPD急性増悪として入院。
吸入、ステロイド投与に加え、細菌感染を疑う経過であったため抗菌薬も投与した。血液培養は陰性であった。

ここでふと立ち止まる。
なぜ、この方は急性増悪したのだろうか。

問診ではとくに環境の変化があったわけではなさそう。
呼吸器症状に先行して発熱があり、何らかの炎症性疾患が引き金となった可能性が高い。

UpToDateによると、COPD急性増悪の原因は、70%が呼吸器感染症。
のこり30%のうち多いのは,環境因子(ほこりっぽいなど)や肺塞栓など。
特に肺塞栓は,COPD急性増悪患者の20%にみられたとの報告あり.
残りは心筋虚血,心不全,誤嚥などが挙げられている。

この患者の場合、肺にはこれといったconsolidationがないのが最初の違和感。
呼吸器感染症が契機とすれば、病歴にも不自然な点が残る。

二次資料のほかに、Google scholarやPubmedをあたったが、
呼吸器以外の感染症が契機となったCOPD急性増悪、という報告例は見当たらない。

けど、この患者の場合、ほかに熱源がないとおかしいよなぁ。
身体診察は何回も繰り返したけど何もないし、問診でもなにもでてこない。

focusがわからない熱源として、感染性心内膜炎、膿瘍(肝、腎、腸腰筋など)、大血管炎、腎癌、リンパ腫を想定して、画像検索を行う。
果たして、腹部エコーで肝膿瘍が発覚。これが熱源だった。

さらに考える。
肝膿瘍の原因は何か。
ドレナージなど、膿瘍の治療を優先させながら検索を行い、大腸がんが判明した。


COPD急性増悪←肝膿瘍←大腸がん というのがひとまずの結論。
さらに掘り下げれば、高血圧を見ていたかかりつけ医が、必要なmanagementを怠っていた(禁煙指導、定期検査として便潜血検査など)ことも一因かもしれない。
(家庭医として定期通院患者のhealth promotionはとても大事だと思っています。他山の石として自分も気をつけなくてはいけません。)

さらには、生活背景、家族構成などにも更なる原因を突き止めることができるかもしれない。それはそれで家庭医療の重要な側面だが、この記事はそこまでは立ち入らないことにする。


症状の原因として、何か1つ病態をみつけたときに、そこで思考を停止させず
「その原因は何か」とさらに原因をさがす姿勢がもとめられることがあります。
志水太郎先生のおっしゃっているところの、Vertical Tracingという診断戦略です。

たとえば、
全身倦怠感の原因として低Na血症、その原因として副腎不全
意識障害の原因として低血糖、その原因として敗血症

有名どころでいえば心不全。
心不全は診断名ではなく、かならず背景因子と増悪因子を考えるようにしています。

というわけで、Vertical Tracingがうまく機能したケースでした。
学会レベルで報告してみようかな。