2021年10月29日金曜日

safety-nettingをカルテに記載しているか

Edwards PJ, Bennett-Britton I, Ridd MJ, Booker M, Barnes RK. Factors affecting the documentation of spoken safety-netting advice in routine GP consultations: a cross-sectional study. Br J Gen Pract. 2021 Jun 25:BJGP.2021.0195. doi: 10.3399/BJGP.2021.0195. Epub ahead of print. PMID: 34489251; PMCID: PMC8436774.

https://bjgp.org/content/71/712/e869.short?rss=1


satety-nettingとは、診療の最後(が多いと思います)に、「もしこうなったらこうしてね」と患者に伝えることです。

「腹痛が右下腹部に移動したら、虫垂炎かもしれないからもう一回受診してください。」

「スタチンという薬を始めますので、筋肉が痛くなったら服用を中止してください。」

みたいな感じですね。


Roger NeighborのThe inner consultationでも、safety-nettingの重要性が書かれています。

私が医学部最終学年の時に日本語版がでて、背伸びしつつ一所懸命読んだことを思い出します。

今の私の診療は間違いなくこの本に大きな影響を受けています。

変な癖をつける前にこの本を読むことができたのは良かったのかもしれません。


さて、そんなsafety-nettingですが、実際には口頭で済まされていることもあります…よね。

私はちゃんとカルテに残しておくようにしていますが、定期外来で複雑ケースだと、プロブレムの整理に精一杯でsatefy-nettingまで行かないことも多いかと思います。


医療訴訟の観点から考えても、satefy-nettingをしっかりカルテに残しておくことは大事です。


この研究は、①GPがsafety-nettingを行う割合と、②文書に残す割合を調べています。


録音・録画されたGPの診療295件を調べたところ、

satety-nettingが音声でのみ行われたのが192/295件と約2/3で

そのなかで、診療中に言及された問題のうち、safety-nettingがなされたのが242/516と半数以下でした。


safety-nettingが記録されたのは94/295で約1/3。

同じく言及された問題の105/516(約20%)をカバーしていました。


ロジスティック回帰分析では、新たに出現した問題、1つだけの問題、具体的なアドバイスを行った場合に、safety-nettingを記録する傾向が強いことがわかりました。

また、複数の問題を取り扱っている場合に、口頭で済ましやすくなっていました。


家庭医は複数の健康問題を1人の患者に対して取り扱うことが多いので、この結果はとても重要です。

できるだけ具体的なアドバイスを心がけつつ、複雑なケースでも記録に残すようにしておかなくては。


2021年10月12日火曜日

de-inteisificationを共同創造で研究する


Caverly TJ, Skurla SE, Klamerus ML, Sparks JB, Kerr EA, Hofer TP, Reed D, Damschroder LJ. Applying User-Centered Design to Develop Practical Strategies that Address Overuse in Primary Care. J Gen Intern Med. 2021 Sep 17. doi: 10.1007/s11606-021-07124-6. Epub ahead of print. PMID: 34535845.

https://link.springer.com/article/10.1007%2Fs11606-021-07124-6


個人的に2021年で一番感銘を受けた家庭医療学領域の論文です。

前提知識が必要なのでまずはごく簡単に。


●de-intensification

治療・介入強度を必要に応じて下げること。

著者たちは本研究の前に文献レビューをしていて、以下の3つが優先度の高いde-inteisificationであると同定しています。

1. 高リスク患者における糖尿病治療の緩和

2. 無症候性患者における頸動脈狭窄症のスクリーニングの中止

3. 平均的リスクの高齢者における大腸がんスクリーニングの中止


●共同創造co-design

当事者と研究者がともに研究を行い、研究のゴールや成果物を協働して作成すること

例えば、医学部の研究者が統合失調症の治療について研究する際に、

従来は研究者が決めたアウトカム(幻聴が聞こえなくなること、など)で効果を判定していたが、

共同創造では、当事者(患者自身)がアウトカムの設定に積極的に関与する。

研究の成果物についても研究者と当事者の協働の産物とする。

極端に言葉を省略していうと「自分がどうなりたいかは自分が決める」。


この研究は、とても単純化していうと

de-intensificationをどのように進めていけばよいのか

現状の問題点はどこにあり、どう克服すればよいのか、について

患者と臨床家が共同創造した研究 となります。


研究のプロセスはいろいろ複雑なので、本文をお読みください。


共同創造や当事者研究を用いた家庭医療学研究というのは、ある意味で真っ当な方向性だと思います。

特にSDHに関連するテーマだと、共同創造せずにどうするか、というところまで進化するかもしれません。


患者に丁寧に誠実に向き合っている研究だと感じました。


2021年10月10日日曜日

WorkPlace Based Assessmentは「歩けなくなったムカデ」なのか


Dunne D, Gielissen K, Slade M, Park YS, Green M. WBAs in UME-How Many Are Needed? A Reliability Analysis of 5 AAMC Core EPAs Implemented in the Internal Medicine Clerkship. J Gen Intern Med. 2021 Sep 24. doi: 10.1007/s11606-021-07151-3. Epub ahead of print. PMID: 34561828.

https://link.springer.com/article/10.1007%2Fs11606-021-07151-3


医学教育の話です。

EPA、WPBA、G理論、D理論は既知のものとさせてください。すみません。


EPAをもちいて実際にWPBAを行う際に、妥当な評価ができるのか、という問題は、今でも様々な研究がなされています。それだけ難しいことなのだと思います。


この研究では、8週間の内科実習で,指導医が5つの中核的なEPAについて修正オタワスケールを用いてその場限りの委託の決定(ad hoc entrustment decisions)を記録しました。

G理論でスコアの信頼性を推定し、学生・特定のEPA・評価者のタイプ(主治医と研修医)、症例の複雑さなどの要素に起因する分散の割合を算出しています

また、D理論で信頼性を決定しています。


94 名の学生、5 つの EPA に対して合計 1368 件の評価が行われた.人に起因する分散(真の分散)はすべての EPA で高く、信頼性指数 0.7 に達するために必要な推定観測数は、ケースの複雑さに敏感な EPA5 を除くすべての EPA で 9~11 の範囲となりました。

つまりこれは、EPAを用いたWPBAを高い信頼性をもって行うには、1人の研修医、1つのEPAに対し、9-11回の観察が必要であるということです。めっちゃ大変ですね。


このような研究をみると、Workplace Based Assessmentを総括的評価に使うのは難しいよなと思ってしまいます。いかに有意義なフィードバックをするかに振り切るという妥協案もありますが、それでもある程度の評価の妥当性は必要なわけで。

WPBAって、ちゃんとした教育施設では昔から現場で行われていて、一定の効果はあったのだと思います。しかし、EPAを作成して評価者を訓練して評価の妥当性を検証して…とやると、とてもじゃないけど実現不可能なものになってしまいます。

マザーグースに、たくさん足があるのにどうやって歩いているのか尋ねられたムカデが歩けなくなるという話がありますが、そんな印象を受けています。


2021年10月8日金曜日

がん治療中の生活空間


Wong ML, Shi Y, Smith AK, Miaskowski C, Boscardin WJ, Cohen HJ, Lam V, Mazor M, Metzger L, Presley CJ, Williams GR, Loh KP, Ursem CJ, Friedlander TW, Blakely CM, Gubens MA, Allen G, Shumay D, Walter LC. Changes in older adults' life space during lung cancer treatment: A mixed methods cohort study. J Am Geriatr Soc. 2021 Oct 5. doi: 10.1111/jgs.17474. Epub ahead of print. PMID: 34611887.

https://agsjournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/jgs.17474?af=R


家庭医として、私自身ががん治療をすることはあまりありません(前立腺がんのリュープロレリンくらい)ですが、がん治療中の患者の家庭医として診察することはとてもよくあります。たいてい外来1単位で平均1人くらいはいるかもしれません。

がん治療を受けている人は、外出しなくなったり、家で寝ていることが多くなったりするというのは、臨床的に感じていました。「がん治療中の患者の生活空間」について、ちゃんとRQにまで昇華して、混合研究で多角的に分析している、とても素晴らしい研究です。


65歳以上の進行性非小細胞肺がん(NSCLC)の患者で、緩和化学療法、免疫療法、標的療法を開始する患者を対象にコホート研究を行いました。

治療前、治療開始後1、2、4、6カ月目に、Lite-Space Assessment(LSA)を含む老年医学的評価を行いました。混合効果モデルを用いて、治療前のLSA、0~1ヵ月後の変化、1~6ヵ月後の変化を調べています。さらに、治療前、2カ月目、6カ月目に半構造化インタビューを行い、量と質の統合を行うために縦断的なLSAスコアと例示的な引用文を並べた共同ディスプレイを作成しています。共同ディスプレイとは質的データと量的データの関係を視覚的にわかりやすくしたもののことで、ぜひ本文を読んでいただければと思います。


重要だと思った結果を簡単に示します。

①高齢のがん患者は、治療前から生活空間が狭い。

②治療前の不安が、治療後の生活空間の縮小と関連する

②化学療法と同程度に、免疫療法や標的療法でも生活空間が縮小する

④生活空間が狭くなるのは、様々な要因による(免疫力低下しているので感染が不安など)

⑤適切な介入は移動低下を防止する可能性がある(車いすの利用など)


いままでがん治療中の患者を「この人の生活空間は狭くなっているのだろうか」という視点で見たことがなかったのですが、とても臨床的に重要な問いですよね。

臨床医として論文を読むことの意義は、このように見落としていた視点を知り、診療を深いものにすることだと思います。


2021年10月5日火曜日

上級生からの「引継ぎ」は大したことない?


Huang K, Mak D, Hafferty FW, Eva KW. The Advice Given During Near-Peer Interactions Before and After Curriculum Change. Teach Learn Med. 2021 Sep 15:1-9. doi: 10.1080/10401334.2021.1957685. Epub ahead of print. PMID: 34524067.

https://www.tandfonline.com/doi/abs/10.1080/10401334.2021.1957685?af=R&journalCode=htlm20


学部では、先輩、後輩の間で、「この授業はこういう内容でこの点が大事だよ」「この実習はこうすればうまくいくよ」という情報が流れます。私も経験ありますし、おそらくどの医学部でも起こっていることではないでしょうか。

このような、近い学年の学生同士の交流(Near-peer interaction:NPI
NPI)についての研究です。

(以降、私独自の解釈が混じっています。研究内容を正確に知りたい場合は原文を読んでください)


「NPIは、先輩と同じカリキュラムじゃないと、なされないのではないか」つまり「カリキュラムが変わった直後の学年は、不利な状況にいるのではないか」ということを明らかにしようとした質的研究です。

2019年に新たに刷新されたカリキュラムについて、はじめてそのカリキュラムを受ける学年と、その次の年にカリキュラムを受ける学年(1つ上からそのカリキュラムについての情報を得ることができる)の学生にそれぞれインタビューしています。


結果としては、初めて新たなカリキュラムを受ける学年は、先輩にアドバイスをほとんど求めていないことが分かりました。カリキュラム変わったから意味ないじゃん、ということですね。

この研究が面白いのはここからで、じゃあカリキュラム刷新により上級生からのアドバイスを得られなかったのは懸念すべきことなのかというと、どうもそうじゃないということが分かりました。

どういうことかというと、そもそもNPIは学術的な内容じゃなくて、「どうしたらさぼれるか」(超意訳)みたいな、非学術的なものが多いということが分かりました。また、学術的な内容であっても、それはカリキュラムに依存するものではありませんでした。

さらに、情報を受け取る下級生は、アドバイスを歓迎する一方で、頼り切っていない、つまりある程度「眉唾物」(これも超意訳)だと思っていました。


つまり、上級生からのカリキュラムに関する「引継ぎ」は、カリキュラムが変わると失われるが(多分ここまでは研究者の想定の範囲内)、そもそもその引継ぎはあまり教育的なものではないし、受け取る学生も歓迎しつつもどうせ大した内容じゃないとおもっている、ということに気づいちゃった、ということです。


自分の学生生活を振り返って考えるに、自分も自分の周りもそうだったよな、という内容でした。質的研究で、深く洞察すると、思いもがけない結果が得られて面白い、という意味で示唆に富む研究だなと思います。


2021年10月1日金曜日

ケースレポートがアクセプトされました

 

この類の記事は久しぶりです。

業績は本ブログの右側にあるリンクにまとめています。

主に自分が参照する用です。


Uemoto M, Mizumoto J. Vertebral compression fracture with diffuse idiopathic skeletal hyperostosis J Gen Fam Med. 2021 September 2. DOI: 10.1002/jgf2.495


執筆を支援したケースレポートがpublishされました。

家庭医療専攻医が救急研修中に出会った事例です。


腰椎圧迫骨折はプライマリケアにとっても非常にコモンな疾患ですが、急性期管理の体系的な学習はあまりされていないように思います(私含めて)。

整形外科医にとっては、Vaccaroの分類(AOSpine Injury Score)は常識だと思いますが、恥ずかしながら私は今回初めて知りました。


高齢者の腰椎圧迫骨折は、破裂骨折で神経学的所見がある、とかじゃなければ、基本的に保存療法になると思いますが、DISHがありそれが折れている場合は手術適応になりますよ、というメッセージです。

肥満や糖尿病があり圧迫骨折を疑う患者では、DISHの診断があらかじめついていない場合でも、DISH骨折合併ではないかという目でCT,MRIを見なくてはいけません。