2022年1月27日木曜日

心血管疾患を有する高齢者の主体性


心血管疾患を有する高齢者は多く、プライマリケアで薬剤管理をすることもよくあります。

DOACなど抗凝固薬はつねにbenefitとharmのトレードオフが付きまといますし、抗血小板薬もいつまでどのくらい服用するのかなど、このあたりの薬剤の開始・続行・中止は常に患者とshared decision makingしていく必要があります。


しかし、臨床の肌感覚ですが、薬剤治療の益と害について高齢患者と深く議論しているのは、薬剤を出す患者の1-2割にとどまっているような気がします。

多くの場合が、「前からこの薬を飲んでいた」「医者が飲めと言われる薬を飲んでる」というコンテクストで、特に議論のないまま継続処方となっているのではないでしょうか。


Wallis KA, Taylor DA, Fanueli EF, Saravanakumar P, Wells S. Older peoples' views on cardiovascular disease medication: a qualitative study. Fam Pract. 2022 Jan 25:cmab186. doi: 10.1093/fampra/cmab186. Epub ahead of print. PMID: 35078221.


この論文では、75歳以上のニュージーランド北部在住の患者を、民族が多様になるように研究リクルートしています。クリニックだけでなく、地元の図書館、ソーシャルグループ、礼拝所のチラシ、口コミでリクルートしており、努力がうかがえます。

質的研究に患者をリクルートするのって結構大変で、しかも多様なバックグラウンドの参加者を集めようと思ったら、地域に出ていくのが最適なのかもしれないですね。

1対1のインタビューと、1対多のフォーカス・グループを組み合わせて、データを収集しています。録音した発言内容を逐語的に書き起こし、テーマ分析を行っています。


すると、以下の4つのテーマが出てきました。

(i) CVD治療薬の有益性を強調し、有害性を軽視する

(ii) 治療薬を服用せざるを得ないと感じる

(iii) 「私の」医師を信頼する 

(iv) 治療薬が継続されることを期待する


筆者たちは、高齢CVA患者は、悪く言えば医師の言いなりになっているのではないかと指摘しています。主体性をもった治療方針の決定がなされていないかもしれないと述べています。


この研究はニュージーランドのものですが、日本でも同様の傾向はありそうです。

質的研究の面白いところは、限られた患者数を対象にしていても、深く分析することで、「あ、それそれ、分かる!」と読者に思わせることができることだと思います。

量的研究でいう外的妥当性external validityに相当する概念として、移転可能性transferabilityというものがありますが、これがまさにそうです。


私は、この研究結果は日本の高齢心血管疾患患者の診療においてもtransferできると感じました。

明日から、治療について話し合う時に、患者の主体性により着目してみようと思います。



2022年1月24日月曜日

在宅緩和ケアと経済的困難


Wang SE, Haupt EC, Nau C, Werch H, McMullen C, Lynn J, Shen E, Mularski RA, Nguyen HQ; HomePal Research Group. Association Between Financial Distress with Patient and Caregiver Outcomes in Home-Based Palliative Care: A Secondary Analysis of a Clinical Trial. J Gen Intern Med. 2022 Jan 22. doi: 10.1007/s11606-021-07286-3. Epub ahead of print. PMID: 35064463.


2019年に行われたコホート研究(患者779人、介護者438人)のデータを利用して、在宅緩和ケアと経済的困難の関係を調べた論文です。


経済的困難の測定は、在宅緩和ケア開始時に、自身の経済的困難を0点から10点で自己評価してもらっています。

そして、アウトカムについては、患者報告指標としてEdmonton Symptom Assessment Scale、distress thermometer、PROMIS-10を、介護者報告指標としてPreparedness for Caregiving、Zarit-12 Burden、PROMIS-10を使っていまず。どれもベースラインおよび1ヵ月後の時点で測定しています。

病院の利用状況については、電子カルテと請求書を用いて把握しています。

そして、経済的困難とアウトカムとの関係を混合効果調整モデルで、病院利用との関係を比例ハザード競合リスクモデルでそれぞれ評価しました。


結果です。

在宅緩和ケアを介する患者の半数に経済的困難がありました。若い患者ほどつらい経済的困難を抱える傾向にありました。

経済的困難は、患者ならびに介護者の症状や苦痛、QOLの低さと関連していました。

ただし、そのような経済的困難がある患者は、1ヵ月後の負担改善の幅が大きく、同時にソーシャルワークとの接触が多かったです。介護者についても精神面での改善の幅が大きかったです。病院利用がより増えているというわけではありませんでした。


以上より、在宅緩和ケアにおいて患者の経済的困窮はコモンな問題であり(特に若い患者)、様々にネガティブな状況と関連するが、在宅緩和ケアを行うことで、おそらく社会的支援が媒介となって、アウトカムが大きく改善する、ということが、この研究で示唆されました。


在宅医療にかかわるものとして、自分の行う在宅緩和ケアがここに示されたような効果を持つものになるように、意識して患者の経済状況に向き合う必要があると思いました。


2022年1月22日土曜日

認知症アップデート:CCCDTDの推奨


今月号のCanadian Family Physicianで、

Canadian Consensus Conferences on the Diagnosis and Treatment of Dementia (CCCDTD)が昨年出したrecommendationが解説されていました。


認知症は本当によく出会うので、知識をアップデートしておきましょう。

Ismail Z, Black SE, Camicioli R, Chertkow H, Herrmann N, Laforce R Jr, Montero-Odasso M, Rockwood K, Rosa-Neto P, Seitz D, Sivananthan S, Smith EE, Soucy JP, Vedel I, Gauthier S; CCCDTD5 participants. Recommendations of the 5th Canadian Consensus Conference on the diagnosis and treatment of dementia. Alzheimers Dement. 2020 Aug;16(8):1182-1195. doi: 10.1002/alz.12105. Epub 2020 Jul 29. PMID: 32725777; PMCID: PMC7984031.


【血管型認知症について】

・CTよりMRIを取りましょう

(筆者コメント:全例MRI評価は厳しいなぁ。すぐに診療に取り入れるのは憚られてしまいます…)

・高血圧の治療はちゃんとしましょう。認知症のリスクを減らす可能性があります。

・血管性認知症を疑う場合、dBP 90mmHg以上、sBP 140mmHg以上なら降圧しましょう。ただし、sBP 120未満は逆効果です。

(高齢者でsBP 70以下には下げないよう気を付けていましたが、sBP 120以下もよろしくなさそうですね。)

アスピリンの使用は、脳卒中や脳梗塞の病歴のない、血管起源と推定される隠れた白質病変の画像上の証拠がある軽度認知障害または認知症の患者には推奨しません。隠れた脳梗塞が検出には、アスピリンの効果は不明です。

(ここが注意。CFPでは「アスピリンを推奨する」と書かれていたが、原文では「使ってもいいけど効果はよくわからない」というニュアンスなのでしょうか。Grade 2Cですし、この推奨文をもって、いわゆる「隠れ脳梗塞」がある認知症/軽度認知障害患者にはアスピリンを使いましょう、となるのは早計かと思います)


【スクリーニング】

・基本的にスクリーニングは推奨されない。

・潜在的な症状に注意を払うべし。薬剤服用が困難、セルフケアの減少、詐欺にあう、抑うつや不安などがあれば、ちゃんと評価しましょう。

(a)脳卒中/(TIA)の既往(b)うつの既往 (c)未治療の睡眠時無呼吸;(d)コントロール不良な代謝性疾患、心血管疾患(e)せん妄の最近のエピソード(f)高齢での精神科的症状 (g)最近の頭部外傷(h)パーキンソン病がある場合には、患者・家族・関係者に認知面について質問し、懸念がある場合はさらなる評価に進みましょう。

(日本だとHDS-Rでしょうか。Mini Cogとかもいいですよね。私はHDS-R+時計描画+狐の手・鳩の手模倣をしてもらっています。)

・家族/介護者が評価するAD-8(日本語版はこちら)、機能を見るDisability Assessment for Dementia(日本語版あるようですが探せませんでした…)といった評価ツールもあります

・高齢者にはCGAしましょうね。

・画像検査はCT+MRI。

(MRIでの細かな評価は…かなり専門的なようです。)


【認知機能以外の評価】

・歩行速度の低下は認知症と強い相関あります

(私はtimed up and go testをしています)

・パーキンソニズムがあると認知症発症率3倍になります。 

・フレイルは将来の認知症発症の祥のマーカーになる。

(現時点では、高度なイメージングやバイオマーカーより、歩行速度とフレイル、ということのようです)

・睡眠衛生は必ず聞く。特にREM睡眠障害と睡眠時無呼吸に注意。

・聴覚障害は認知症の発症と関連しています。聴力を評価しましょう。

・視覚障害が認知症発祥と関連しているという十分なエビデンスはありませんが、視力改善は認知機能を改善させる可能性があります。


【リスク軽減】

・地中海式食事、果物や野菜の摂取を励行しましょう。飽和酸ではなく不飽和​​脂肪酸をとりましょう。

・中等度以上の身体活動(有酸素運動、筋トレなど)をしましょう。太極拳いいですよ。

(私の勤めている病院の併設ジムでも太極拳のコースがあります)

・聴覚は大事です。聴覚検査+耳鏡検査をして、耳毒性の可能性がある薬剤をレビューして、慢性中耳炎などあれば耳鼻科に紹介しましょう。補聴器も大事です。

(難聴についてはこちら

・SASがあればCPAPを。

・頭を動かす娯楽、ボランティア、生涯学習など、なんでもいいのでいろいろな活動をしましょう。

・貧困に立ち向かうことは認知症に立ち向かうことになります。社会的な状況をサポートしましょう。

・幼少期だけでなく生涯にわたる学習の機会を支援しましょう。

・フレイルに介入しましょう。

・抗コリン薬はできるだけやめましょう。

・コミュニティレベルでの介入をしましょう。


【抗認知症薬】

・コリンエステラーゼ阻害薬とNMDA受容体拮抗剤の適応は、アルツハイマー病、パーキンソン病による認知症、レビー小体型認知症、血管性認知症のみです。軽度認知障害には処方しないでください。

・コリンエステラーゼ阻害薬やNMDA受容体拮抗剤を12か月以上服用していて、次の場合に当てはまれば中止を検討しましょう

 ー他の要因がないのに、過去6か月間で臨床的に意味のある認知症の悪化がある

 ー臨床的な効果がない

 ー重度または末期の認知症

 -副作用(重度の悪心、嘔吐、体重減少、食欲不振、転倒など)

 -服薬アドヒアランスが不十分で、安全な継続または有効性評価ができない

・中止する際は、4週間ごとに50%ずつ減らしましょう。減薬で明らかに症状が悪化したら再開しましょう。

・精神病症状、興奮、攻撃性の見られる患者では、むやみな中断や止めましょう。症状が落ち着いても続けておいた方がいいでしょう。



以上、ざっくりまとめたつもりが長くなりました。

こうやってみると、推奨が幅広い分野にわたっていますね。

家庭医の腕の見せ所だと思います。



2022年1月21日金曜日

周縁化されている患者を研究にリクルートする時には…


家庭医療学の研究にも、基礎研究に当たるものがあります。


例えば、この論文。

Ravensbergen WM, Blom JW, Evers AW, Numans ME, de Waal MW, Gussekloo J. Measuring daily functioning in older persons using a frailty index: a cohort study based on routine primary care data. Br J Gen Pract. 2020 Nov 26;70(701):e866-e873.


高齢者のフレイルについて研究したいと思ったときに,どのようにフレイルを測定すればいいのか,という問題に突き当たります.

通常は,妥当性の確認された質問紙を用いて測定をするわけですが,これだと手間もお金もかかってしまいます。それが日常診療の電子カルテデータを用いて評価できたら嬉しいですよね.

そこで,特に研究を意識せずに日常診療で集めた情報だけが載っている電子カルテデータを用いて妥当なフレイルの測定ができないかやってみた、という研究です。結果は、うまくいかなかったようです。


昨日付でJ Gen Intern Medに公開された論文も、基礎研究にあたるものです。

いわゆる「マイノリティ」や辺縁化された方を研究にリクルートする際には、待合室にテーブルを置いて対面するのが良い、という論旨です。


Wambua M, Vang M, Audi C, Linzer M, Eton DT. Lessons Learned: Recruiting Research Participants from an Underrepresented Patient Population at a Safety Net Hospital. J Gen Intern Med. 2022 Jan 20. doi: 10.1007/s11606-021-07258-7. Epub ahead of print. PMID: 35048288.


複数の慢性疾患(MCC)を有する患者の治療負担を評価する研究において、異なるリクルート戦略の有効性を比較するしています。


比べたのは、郵便でのリクルート、待合室にテーブルを置いての対面、電話の3つです。

この研究は、セーフティネット上にある方を対象としています。

参加者の半数以上がアフリカ系アメリカ人またはアフリカ系移民であったとのことです。

そして、対面式のリクルートが最も迅速かつ高率にリクルートできた、という結果になりました。


少なくとも、社会的に周縁化されている方を研究にリクルートする際には、対面で行うのがよさそうですね。



2022年1月19日水曜日

違法薬物使用におけるハームリダクションの効果


物質使用障害はSDHと大きな関係があり、特にアメリカやカナダなどでは、薬物使用について、ハームリダクションの施策がとられるようになってきています。

たとえば、注射針を安全に捨てることができるゴミ箱を街中に設置したり、医療者の監視のもと安全に薬物を使用できる場所(safe consumption sites:SCS)を設けたりしています。


日本の従来型違法薬物対策(「ダメ、ゼッタイ」)は効果が乏しい、場合によればむしろ逆効果であることが分かっており、ハームリダクションに基づくアプローチについて実践と研究が進んでいますが、とはいえ特に国内では、違法薬物を安全に使うことができる場を設けることで急性中毒や感染症のリスクを下げようという取り組みは、なかなか進めづらい現状があると思っています。おそらく諸外国でも多かれ少なかれ同様でしょう。


この論文は、無認可(!)のSCSが違法薬物利用者の健康アウトカムにどのような影響を与えるのかを、前向きコホート研究で調べたものです。


Lambdin BH, Davidson PJ, Browne EN, Suen LW, Wenger LD, Kral AH. Reduced Emergency Department Visits and Hospitalisation with Use of an Unsanctioned Safe Consumption Site for Injection Drug Use in the United States. J Gen Intern Med. 2022 Jan 12:1–8. doi: 10.1007/s11606-021-07312-4. Epub ahead of print. PMID: 35020166; PMCID: PMC8753940.


2014年末に、アメリカの非公開の場所にある組織が無認可のSCSを開設しました。

このSCSでは、利用者は事前に入手している薬物を持参して、注射することができます。

訓練されたスタッフが駐在しており、監視やナロキソンの投与をすることができます。


その無認可SCSの周りに居住する、違法薬物注射を行った人をリクルートしました。

(よくリクルートできたなと驚いてしまいます)

そして、2018年から2020年にかけて、ベースラインと6カ月、12カ月目にそれぞれ面接を行い、患者の状況のデータを取得しました。


当然、介入研究が行えるわけではないので、前向きコホート研究です。

ただし、傾向スコアマッチングを用いて、準実験的に因果関係の推論ができるようにしています。


合計494名が研究に参加しました。うち59名(12%)が少なくとも一度はSCSを使用していまいた。

解析の結果、SCSを使用した人は、救急部を受診する可能性が27%低く、救急受診の回数が54%少なく、入院が32%少なく、入院日数が50%少ないことが分かりました。

また、有意ではないものの、SCS使用者は過剰摂取の可能性が低く、皮膚・軟部組織感染の可能性がわずかに高いことが示されました。


筆者たちは、SCSの利用により、違法薬物注射に関連する急性期医療サービスの利用負担の増加を軽減することができる、と述べています。


無認可のSCSの効果を測定するというchallengingな論文ですが、このようなエビデンスの積み重ねが、より公正で健康な社会を構築するのだと思います。