2019年2月4日月曜日

プライマリケアにおける診断(part 3)



Donner-Banzhoff N. Solving the Diagnostic Challenge: A Patient-Centered Approach.
Ann Fam Med. 2018 Jul;16(4):353-358.

かなり手ごわい論文ですが,病院から診療所勤務になって,診断があわないと悩んでいるときなどには,非常に有用な内容が含まれています.


臨床上の問題空間の環境特性

 閾値アプローチは,臨床上の問題空間(clinical problem space)が境界明確かつ大部分が特定可能な疾患により満たされていると仮定している.しかし,この仮定はプライマリケアでは当てはまらない.そこでは問題空間はほぼ無限であり,そして大部分は未分化なままである.そして重篤かつ特異的な疾患の占める割合は低い.(9)たとえば,胸痛を訴える患者においてでさえも,急性冠症状群の割合はわずか1.5-3.5%である.(10)同様に,腹痛のうち新生物によるものは僅か1%だけである.(11)肺塞栓症や解離性大動脈瘤といった他の多くの致死的病態は,プライマリケアのレベルでは定量化すらできないほど稀である.(12)このような疾患の確からしさを診断閾値に設定すると不合理なまでに低くなってしまう.言い換えれば,閾値モデルをそのまま適応すると,診察の端からほとんどの重篤な疾患が除外されてしまう!

 エビデンスに基づく医療において有名な教義に,疾患を除外するには感度が高い検査が良い(省略してsn-outと覚えられている)というのがある.(13)しかし,有病割合が低い状況では,検査後にその疾患がある確からしさ,つまり疾患の陰性的中率は変わらず低いままである.感度が高い検査ですら,この低い割合を変化させるのに有用ではない.例えば,プライマリケアにおいて胸痛を訴えて来院する患者に急性冠症候群がある割合は約2.5%である,(11)もし患者が十分若く(女性で65歳未満,男性で55歳未満),胸部の圧迫感や絞扼感がなければ,確からしさは0.26%に低下する.しかし,既知の冠動脈疾患や緊急往診の依頼といった陽性所見があれば,確からしさは臨床的意義のある42%まで上昇し,診断敷地を上回る.(14)言い換えれば,有病割合が低ければ,感度が高い検査でもほとんど情報をもたらさないことが多い.(15)

 上記の状況は,閾値モデルが内在している仮定,つまり診断プロセスの開始時点で疾患の確からしさは診断閾値と治療閾値の間にあるという仮定にそぐわない.では,プライマリケア医はいかにして最初から確からしさが診断閾値を上回っている疾患にたどり着いているというのであろうか.

 医師は数多くの重篤になりうる病態を除外しなくてはいけないため,この難題は非常に厄介である.さらに,プライマリケアでは漠然とした症状が多く,異なる説明が複数可能である一方でそれぞれの蓋然性は非常に低い.最後に,臨床的に重要な健康問題の多くは従来通りの疾患カテゴリーでは捉えられない.