2019年11月25日月曜日

レプトスピラ症による肺病変



先日,比較的若年者の肺炎→追加の情報収集で工場勤務であることが判明→ネズミとの接触あり→レプトスピラ症と判明したケースを見聞しました.

レプトスピラ症は,発熱結膜充血筋把握痛頭痛+肝障害+血小板低下+重症例で黄疸と出血(ワイル病)という組み合わせで理解していたのですが,細菌性肺炎の顔をしてやってくることがあるのかと驚いたので,調べてみました.

まずは,感染症で困った時のシュロスバーグから.
邦訳があるのはありがたい.
こういう機会にちょくちょく読むようにしていて,最終的に通読を目指しています.
現在4-5割程度の進捗です.



シュロスバーグによると,胸部X線検査の異常が20-70%でみられるようです.
肺胞や間質の出血を伴うこともあれば伴わないこともあり
下葉の肺胞の斑状陰影が特徴としてあるようです.

つづいてMandell.
3500ページある原著はもっていませんが,500ページ弱のEssential版ならなんとか自分でも使えるだろうと,Kindleに落としています.
ただ,治療について(下記の通り)などは記載がありますが,詳しい臨床像については記載がありませんでした.
やっぱり原著買わないと駄目かなぁ.


レプトスピラ症の治療は,mildならDOXY, ABPC,AMPCのどれかを経口で.moderate-severeならIVでPCG,CTRX,ABPCのどれか,とMandellにかいてあります.
ということは,十分量を使うという前提で,市中肺炎でエンピリックに使用することの多い抗菌薬で,レプトスピラがカバーされるのですね.
アンテナをしっかり張っていないと,なんかよく分からない症状がある肺炎→とりあえずCTRX使っとけ→よくなったからいいか,というケースが潜在的にありそうですね.

もちろんそれで多くの場合は良いのでしょうが,公衆衛生的観点ないし,重症化した場合の適切な対応を考えると,当然のことですが診断は確定させたいですね.
喀痰をグラム染色しても菌体は見えないし,培養でもつかまらないとなると,特異的に疑って血清学的診断にもちこむひつようがあるので,やはり病歴と臨床像が大事です.

インフルエンザ様症状に加え,結膜充血と筋圧痛があり
嘔吐,下痢,腹痛などの消化器症状もある,となると
レジオネラ肺炎やカンピロバクタ腸炎をまずは疑いますね.
胸部X線で浸潤影があれば,なおさらレジオネラ肺炎です.
そこに肝障害や意識変容が加われば,なおさらレジオネラと考えてしまいそうです.

実際には,治療薬が共通している(DOXYなど)ので,レプトスピラ症患者にレジオネラだと思って治療を行っても,それが原因で重大な帰結となる,ということはなさそうです.
結局は,結膜充血を伴う場合にはネズミの接触をしっかり聴取,ということに落ち着きそうです.

もちろん,肺炎患者全員に詳しい問診は必要だし,むしろすべての患者に詳しく問診を行え,という言説は,そりゃもっともだとはおもいます.
しかし,実際にたくさんいる肺炎患者全員にネズミの接触歴をきいているかといえば,そんなことはなくて,やはり「これはレプトスピラかも」とひっかけるトリガーが必要だと思い,ここまでつらつらと書いたのでした.


2019年11月18日月曜日

Vertical Tracingの実践例


(以下、自験例を大幅に改変しています)

80歳台男性。
1週間前に発熱が出現した。近医で抗菌薬投与を受けていたが、解熱せず。
3日前から咳嗽が出現した。解熱が得られないため当院を受診した。

診察室に入ってきた瞬間に診断はついた。
あきらかに頻呼吸で、呼気が延長していた。
呼吸補助筋の肥大と胸郭運動もあり、両側全肺野でwheezesを聴取。
心不全の所見は乏しく、β stiumulantsの吸入で呼吸症状は直ちに軽快した。

血液検査ではWBC 16000, CRP 25。
胸部X線検査では、両下肺野に網状影があり、CTではCPFEに一致する所見であった。

濃厚な喫煙歴があり、COPD急性増悪として入院。
吸入、ステロイド投与に加え、細菌感染を疑う経過であったため抗菌薬も投与した。血液培養は陰性であった。

ここでふと立ち止まる。
なぜ、この方は急性増悪したのだろうか。

問診ではとくに環境の変化があったわけではなさそう。
呼吸器症状に先行して発熱があり、何らかの炎症性疾患が引き金となった可能性が高い。

UpToDateによると、COPD急性増悪の原因は、70%が呼吸器感染症。
のこり30%のうち多いのは,環境因子(ほこりっぽいなど)や肺塞栓など。
特に肺塞栓は,COPD急性増悪患者の20%にみられたとの報告あり.
残りは心筋虚血,心不全,誤嚥などが挙げられている。

この患者の場合、肺にはこれといったconsolidationがないのが最初の違和感。
呼吸器感染症が契機とすれば、病歴にも不自然な点が残る。

二次資料のほかに、Google scholarやPubmedをあたったが、
呼吸器以外の感染症が契機となったCOPD急性増悪、という報告例は見当たらない。

けど、この患者の場合、ほかに熱源がないとおかしいよなぁ。
身体診察は何回も繰り返したけど何もないし、問診でもなにもでてこない。

focusがわからない熱源として、感染性心内膜炎、膿瘍(肝、腎、腸腰筋など)、大血管炎、腎癌、リンパ腫を想定して、画像検索を行う。
果たして、腹部エコーで肝膿瘍が発覚。これが熱源だった。

さらに考える。
肝膿瘍の原因は何か。
ドレナージなど、膿瘍の治療を優先させながら検索を行い、大腸がんが判明した。


COPD急性増悪←肝膿瘍←大腸がん というのがひとまずの結論。
さらに掘り下げれば、高血圧を見ていたかかりつけ医が、必要なmanagementを怠っていた(禁煙指導、定期検査として便潜血検査など)ことも一因かもしれない。
(家庭医として定期通院患者のhealth promotionはとても大事だと思っています。他山の石として自分も気をつけなくてはいけません。)

さらには、生活背景、家族構成などにも更なる原因を突き止めることができるかもしれない。それはそれで家庭医療の重要な側面だが、この記事はそこまでは立ち入らないことにする。


症状の原因として、何か1つ病態をみつけたときに、そこで思考を停止させず
「その原因は何か」とさらに原因をさがす姿勢がもとめられることがあります。
志水太郎先生のおっしゃっているところの、Vertical Tracingという診断戦略です。

たとえば、
全身倦怠感の原因として低Na血症、その原因として副腎不全
意識障害の原因として低血糖、その原因として敗血症

有名どころでいえば心不全。
心不全は診断名ではなく、かならず背景因子と増悪因子を考えるようにしています。

というわけで、Vertical Tracingがうまく機能したケースでした。
学会レベルで報告してみようかな。


2019年11月11日月曜日

英単語ボギャビル



医学英語は学生時代にUSMLEの勉強をしたおかげで
医学論文やUpToDateを読む分にはほぼ困らないレベルではあります。

論文執筆も、語彙としては難しい単語は使わないのであまり問題なし。

しかし、家庭医療、医学教育、そしてその周辺領域の教科書を読むと
分からない単語に出会うようになります。

大抵は意味を類推して読み飛ばすのですが
語彙力の欠如が読解のスピードと質を落としていることは間違いなく
なんとかしなくてはという気になりました。

上記のような教科書は、やはり人文科学の要素が強く
「一般的に使われるけどちょっと難しい単語群」
イメージとしては、ネイティブが高校くらいで身につける単語が
頻繁に登場するのです。

考えてみればわけもない話で、
一般的な語彙については大学受験レベルで止まっており、
あとは専門用語を身につけたものの、一般単語のボギャビルはしていなかったのです。

語彙力測定サイト(信憑性は不明)では、私の語彙力は1万語程度で、ネイティブの14歳並み。
確かにこれじゃあスラスラ読めないよね。

今でも質の高い自動翻訳がさらに質を向上させ、
もうすぐ言語の壁で悩まなくて済むようになるかもしれませんが
それまでは頑張ってコツコツ勉強するほかないようです。

というわけで、隙間時間でコツコツボギャビルしています。
1番のお気に入りはこれ。





頭からコツコツ覚えていってます。
語源で覚えるのが最も性に合っているようです。


2019年11月4日月曜日

正中弓状靭帯圧迫症候群


知らない病名に出会ったので,まとめます.

正中弓状靭帯は,横隔膜の大動脈裂孔を形成する靭帯です.
通常は腹腔動脈の頭側に位置するこの靭帯が,腹腔動脈の起始部にかかってしまうことがあり,同部位を圧迫することで,虚血症状が出現したり,動脈瘤を形成したりします.
ただし,多くは無症候性です.側副路が発達することもあるようです.

動脈瘤が破れると後腹膜血腫を生じます.
正中弓状靱帯圧迫症候群による腹腔動脈根部狭窄を合併した後腹膜血腫の1例
正中弓状靭帯圧迫症候群に伴う膵十二指腸動脈瘤破裂の1例
後腹膜出血によって発見された正中弓状靭帯圧迫症候群の2例
後腹膜血腫は特発性も多いですが,原因は他にも様々です.
やはり血管造影は診断には必須ですね.センター病院に紹介しなくては.

自分の臨床の文脈では,「呼気時の腹痛」「食後の腹痛」というキーワードで想起すべき疾患として引き出しに入れておくとよいのかなとおもいました.
解剖学的に考えれば,「呼気時」なのは理解できます.
割と強い疝痛になることもあるようで,知らなくては見逃しますね.

古い報告ですが,この4例のケースシリーズが臨床像をつかむにはよいようです.
腹腔動脈起始部圧迫症候群

ここまでしらべたところで,わかりやすいレビュー解説記事を発見
Celiac artery compression syndrome(正中弓状靭帯圧迫症候群)について


まとめると
・正中弓状靭帯圧迫症候群は後腹膜血腫の原因となりうる.
・「呼気時の腹痛」は正中弓状靭帯圧迫症候群を疑うキーワードである.
 (誘因がはっきりしないことも多いが...)