2018年8月29日水曜日

患者を知ってノーと言えるように(part 4)


続きです.今回は短めです.FAVERのRです.

R:ラポール(Rapport)を再構築する
 FAVERアプローチの最後のステップは,ラポールを再構築することである.患者と同じ経験を持っていないと共感できないということはない.欲しいものや必要だと思っているものが手に入らない経験をしたことがあれば,患者がいま感じているであろう不満や恐怖,無力感に触れることができる.「あなたの望むことではないと分かっています」「不満に感じているようですね」といった共感的な発言をすることで,このような感情を認識することができる.患者の陰性感情を受容できるようになるという技能は,陰性感情を最小化したり改めようとしたりする技能より,よほど医師にとって不可欠である.
 ラポールを再構築するのに有用となりうる他の戦略としては,「~であればよいのですが」というフレーズを使うことである.動機づけ面接法の原則の1つに,患者の側にたち物事を患者の立場で説明する(少なくとも一部は)ことで患者は自分が理解してもらっていると感じるというものがある.患者のお願いを断りながらこれを実践するのは難しいことだが,「~であればよいのですが」というフレーズを使うことで,不適切な要求をのむことなしに患者の側に立つことができる.例を示す.「オキシコドンが安全に鎮痛剤としてあなたに使えたらよいのですが.自分にはオキシコドンが良く効くのだとおっしゃっているのは存じています.ですが残念ながら,あなたの痛みのタイプにはオキシコドンは安全な治療薬ではないのです.」「陪審員として召集されたくないのはよくわかります.一筆書くことができたらよいのですが.しかし,それは誠実なことではないためできないのです.」本当にそう願っているというのが重要であり,それは最善のやり方で患者を動的に見ることで達成されやすくなる.


2018年8月19日日曜日

患者を知ってノーと言えるように(part 3)


つづきです.FAVERアプロ―チのVとEです.

V:最も適切な光を当てて患者を見つめる(View)
 過去の体験、時間のプレッシャー、疲労、バーンアウト、人格などの複数の要因が、自分の要求が「間違っている」と患者は分かっているとの考えに医師を導いてしまう。このような考えにいたると、陰性感情が増幅され、医師患者関係がこじれてしまいかねない。
 最も適切な光を当てて患者を見つめることは、困難な患者関係がさらに悪化することを防ぐ解毒薬である。その目標は、患者は自分の要求が不適切であることが分かっていないことをしっかりとらえることである。以上のより自然な枠組みを使うことで、医師は患者により肯定的かつ効果的に対応することができ、頼れる後ろ盾を得たと感じることができる。
 医学的な問題についての誤解は良くあることで、多くは個人の責に帰すものではないということを覚えておくと助けになるかもしれない。特定の疾患あるいは状況では特定の行為が観察される可能性があるということも覚えておくべきである。たとえば、糖尿病の患者では血糖値が高いだろうと考えるように、物質依存の患者も望む物を更に手に入れるためにうそをついたり巧言を弄したりするかもしれないと考えておく。患者を否定的に見つめても会話の助けにならないことが多い。患者が自分を利用したり操ろうとしたりしていると考えることが、不適切な要求に屈しないように備える助けとなると主張する者もいるかもしれない。確かに上記の主張が当てはまる患者もいるだろうが、医師患者関係と医師の健全感に与える悪影響を考えると、殆どの場合で効果も魅力もない主張である。

E:その要求がなぜ不適切なのかを明確に(Explicitly)述べる
 次のステップは、患者の要求がケアとして意義が乏しい、法律違反である、人道にもとる、信義に反するということを明確に述べることである。明確に述べる際には簡単な説明を付け加えてもよいが、以下の事項は避ける必要がある。
 冗長な説明を行う。心配だとたくさん話しがちになる。このような状況では、医師がたくさん話すほど、内容が本来のメッセージ(例:「それはケアとして意義が乏しいです」)から離れてしまう傾向があり、議論の余地を与えてしまうことになる。この種の愚論は気力と時間を浪費するだけでなく、医師が要求に屈してしまったり、患者の不満が高まり誤解を招いたりすることが多い。医師側が本来のメッセージに立脚しつづければ、患者側は意義の乏しいケアを要求する、あるいは法律違反である、人道にもとる、信義に反することを医師にするよう要求するという危うい立場に置かれることになり、議論が発生しづらくなる。
 自分の心証について話す。「この薬の処方量を増やすのはあまり気乗りしないなぁ」などの発言は,医師の気持ちなどには全く興味がない患者にはいら立ちを非常に大きく募らせるだけであり,患者を怒らせることになりかねない.その代わりに,要求に対する不快感を克服すべきものとみなして,患者のおかれている状況を再度説明したりより詳しく説明したりする医師もいる.
 立場を述べた上で,その立場を変える.これをすると,信頼や医師の意思決定に対する患者の信用に関わってしまう.加えて,議論の余地を提供することになりかねない.
 研修医や若手の医師は,立場を確立したり制限を明確に設けるほどの経験や医学知識,権威がないため,苦労することが多い.しかし,年季の入った医師でも同様の状況に陥ることがある.診察中に刻々と進んでいく秒針の音を聴いて,明確な制限を決めて設定するための時間を割くことができると感じられなくなるのかもしれない.長い目で見れば,部屋から出て,制限を決めてから,それを患者に効果的に伝える方法を定める方が良い手であり,効率的でもある.
 意義の乏しいケアを提供したり,人道に反することを行う:「ちょっとだけ」.もしオピオイド処方が患者の疼痛のタイプでは適応がないのに,患者に少しだけ,今回だけと処方してしまったら,それはちょっとだけ不適切な治療を行ったのと同じことである.搔痒に「病欠証明書は過去の日付で出してはいけないことになっているんだけど.今回だけは出してあげますね」といつ発言は,回避行動の1つの型,つまり問題の一時的な先延ばしであり,逆効果である.これが特に当てはまるのが,あなたが同僚の代わりにしたことを,あとでその同僚が元に戻したり,患者受けの悪い他の方策を取らなくてはいけないときである.


2018年8月13日月曜日

相手を知ってノーと言えるように(Part 2)


続きです.いよいよFAVERアプローチの具体的な項目が説明されます.

F:不愉快な気持ち(Feeling)を認識する
 FAVERは患者からの要求によって生じるあらゆる不愉快な気持ちを認識することから始まる。人間は否定的な感情をしらずしらずのうちに避けてしまうことが多く、医師も例外ではない。それどころか、誰かに仕えている際の自分の体験を否定するのに長けてしまうという更なる合併症を来たすことさえある。患者からの不適切な要求による居心地の悪さを認識し、そこから逃げないことは不可欠な要素である。それは今の状況をもっとよく観察する必要があるという手がかりとなる。
 上記を実践するには、以下の患者からの要求を読んでどのように感情が動くか気づくのがよい。
・オキシコドンが全然効かなくなっているの。もっと量を増やしてちょうだい。
・頭痛が何回も起きるからMRIを撮ってほしいのですが。
・陪審員として召集がかかっているんだ。行かなくてすむように一筆書いてくれないか。
・電気車椅子を手に入れることができるために、この用紙に記入してください。
・私の犬がコンフォートアニマル(※6)として認められるように一筆書いてくださいませんか。
 このような要求を何も不愉快に感じないならば、その要求が適切でありFAVERの枠組みの残りの部分を適用する必要がない状況をおそらく想像しているのである。たとえば、慢性腰痛や重度の不安障害により陪審席に座ることができない身体状況にある患者に診断書を渡すことは良質な患者のケアといえるだろう。また、重度の不安障害のある患者について併診している精神科医に相談し、飼い犬の存在により患者の屋外での機能が著しく高くなると判断したならば、コンフォートアニマルを承認することは完全に適切なことである。
 しかし、状況が適切でなければ、不愉快な気持ちとともに、以下のような特徴的な思考が芽生えることになる。
・自分はうまく利用されている。
・この患者は自分をだしにしている。
・患者に申し訳ない。
・断るのはいやだなぁ。
・患者の頭に血が上っていっているぞ。
・患者のいうとおりにしなかったら、クレームをつけられることになる。

A:なぜ不愉快な気持ちなのかを分析(Analyze)する
 FAVERアプローチの2番目のステップは、どのような考えが不愉快さをもたらしているのか分析することである。不適切な要求に対して抱く考えは、以下のどちらかあるいは両方に通常は分類できる。
・この要求を呑んだら医療ケアの質が低下してしまう。
・この要求を呑んだら、法律に違反する、人道にもとる、あるいは信義に反する。
 患者の要求を不適切だと感じ不愉快な気持ちになる理由は大抵すぐに分かるようになる。


※6 コンフォートアニマル(comfort animal)は不安障害やうつ病患者の心のよりどころとなる動物のことで、米国では法律上の規定がある。盲導犬などのservice animalとは異なり、特定の技能を持っているわけではない。


2018年8月6日月曜日

相手を知ってノーといえるように(part 1)


Family Practice Managementのレビュー記事

Getting to No: How to Respond to Inappropriate Patient Requests

の全文訳です.面白い内容ですよ.


相手を知ってノーといえるように(※1):患者に困ったお願いをされたら
5ステップのFAVERアプローチで,患者との関係を保ちつつも不愉快なお願いを拒否できるようになる.

 「やあ先生,お願いがあるんだけど」
 こんなありきたりの質問が、一日の仕事のなかで最大の難題にたやすく変わることがある。医師が不適切だと感じるお願いを患者がするのは珍しいことではない。オピオイドやベンゾジアゼピンの処方、職場や学校への病欠証明書、高価な検査や手技、家族介護休暇や医療休暇の証明書(※3)、耐久性医療用具(※2)を患者が要求することは、しかるべき状況であれば全く適切なことである。しかし、その要求がふさわしくない状況である場合、あなたならどうするだろうか。気持ちが逆立ち、要求を断るというのがよくある反応である。了解してしまい後悔することもあるかもしれない。要求を断るも場当たり的な対応に終始したため、医師への信頼を損ない、患者の足が遠のき、双方とも不満なままで終わることもあるかもしれない。
 効果的でありかつプロフェッショナルとして恥じないやり方で、患者へのケアの質を向上させてかつ関係性を損なわないようにしながら、医師自身の満足度も保たれるような断り方を学ぶ技能が必要とされている。経験上、この技能を自然と身につけている医師は殆どいない。患者からの不適切な要求にこたえる枠組みがなければ、ノーというのは骨の折れる業となるかもしれない。
 患者からの不適切な要求に対処する、シンプルで標準化され応用しやすいアプローチを私たちは開発してきた。FAVERアプローチ(各ステップの頭文字になるようfavor(※4)の綴りをもじった)は5つのステップからなり、患者医師間の齟齬を最小化し、ケアの質とラポールを最大化するものである。(このモデルを1ページに要約したものを”FAVERアプローチ:患者に困ったお願いをされたら”の29ページに掲載している(※5)。)

KEY POINTS
・オピオイド、病欠証明書、高価な検査といった、患者からの不適切な要求に対応することは、すべての医師が獲得する必要のある技能である。
・FAVERアプローチは、自分が不愉快な気持ちでいることを認識することからはじまる。なぜなら、このような気持ちが得てして患者からの要求が不適切であることを示すからである。
・患者は自分の要求が「間違っている」と分かっていると決め付けても、意思疎通が複雑になるだけなので、患者に悪意はないとみなすのがよい。
・要求を断らないといけないときは、その要求が不適切である理由を明確に伝えるべきである(例:その要求はケアとして意義が乏しい、法律違反である、人道にもとる、信義に反する)が、長々とした説明は避ける。


※1 表題のGetting to noは、”get to KNOW (知り合いになる、相手のことを深く理解する)”というイディオムとかけていると解釈して、このように訳した。

※2 家族介護休暇(family leave)は高齢の家族の介護のための休暇、医療休暇(medical leave)は病気療養のため自宅安静が必要な場合のための休暇で、どちらも有給休暇となる。取得には医師の診断書が必要。

※3 耐久性医療用具(durable medical equipment):車椅子や介護ベッドなどの福祉機器の総称。メディケア加入者を対象に販売される。

※4 favorは人にお願いをする決まり文句の中にある語句。この記事の冒頭でも使われている。「やあ先生、お願いがあるんだけど」(Hey, doc, can you do me a favor?)

※5 この訳文には掲載していない.


2018年8月1日水曜日

糖尿病治療中断をどうとらえるか


糖尿病があり定期通院を中断していた患者さんに出会う機会が相次いだので,Clinical Jazzで振り返りました.

Clinical Jazzについて,詳細はこちらを.
(日本プライマリ・ケア連合学会誌 33:322-325)

そしてこの本は必携です.


ブログでは「文献検索」のところだけを抜き出します.

文献1. 2型糖尿病患者における通院中断に関連する心理社会的要因

対象:糖尿病専門クリニックを1年以上通院している患者686名
うち有効回答者は350名.
そのなかで25人が1年以上の通院中断者であった.
中断者は平均年齢が低く・糖尿病歴が短かったので,その2因子で マッチング(中断者1人-継続者3人) を行った結果,中断者は以下の要素を持っている割合が多かった.
 ・自覚症状がある
 ・結果期待が低い
 ・体に気を配らず, 体重や血糖値を意識していない
 ・職場での配慮や病気に対する理解や支援者がいない
 ・ 趣味など生活全般が悪くなっている

結論:糖尿病患者の意識に関する教育のみならず,社会的支援環境整備のための対策が必要である.



対象:かつて通院を中断し,現在は通院している2型糖尿病患者15名
エスノグラフィーで質的分析を行った

結論:通院再開は,通院中断を「後ろめたさ」,通院再開を「きっかけに依るひとつの出来事から始まるやり直し」と意味づける体験である


通院再開が「きっかけに依るひとつの出来事から始まるやり直し」と意味づけられる
というのが非常にしっくりきました.なるほどですよね.
こういう発見があるので質的研究は面白いです.