2021年9月30日木曜日

出生前ケアと子の予防接種


Krishnamoorthy Y, Rehman T. Impact of antenatal care visits on childhood immunization: a propensity score-matched analysis using nationally representative survey. Fam Pract. 2021 Sep 26:cmab124. doi: 10.1093/fampra/cmab124. Epub ahead of print. PMID: 34564727.


インドにおいて、妊婦の出生前ケアと、生まれてくる子供の予防接種の関係を研究した論文です。

全国規模のデータベースを用いて、傾向スコアマッチングをしています。


詳細は省きますが、妊婦が出生前ケアを4回受診すれば、生まれてくる子の予防接種の機会が25%増加するという結果となりました。


この論文がFamily Practiceから出版されているというのが良いですね。

家庭医としては、外来に妊婦やパートナー、挙児希望のあるカップルがきたら、予防接種の話をする、というのがよいのでしょう。


2021年9月28日火曜日

アドボカシーってなに?


アドボカシーはSDHに関する教育・研究の文脈でよく登場します。

ですが、言葉だけで実質が伴っていないことが多いと感じています。

アドボカシーが大事って言っておけばいいだろう、みたいな。

アドボカシーが大事ということがアドボカシーになっている感があります。


最近、アドボカシーにまつわる研究を立て続けに読んだので、一部面白かったものを紹介します。


①Griffiths EP, Tong MS, Teherani A, Garg M. First year medical student perceptions of physician advocacy and advocacy as a core competency: A qualitative analysis. Med Teach. 2021 Jun 21:1-8. doi: 10.1080/0142159X.2021.1935829. Epub ahead of print. PMID: 34151706.


この研究では、医学部1年生がアドボカシーをどのように定義しているか、アドボカシーを行う動機や予想される課題、アドボカシーをコア・コンピテンシーとすべきだと考えているかどうかを調べています。書面での回答を質的に分析(content analysis)しています。


結果として、学生は、「医師は個々の患者のためにアドボカシーを行うべきである」というコンセンサスを共有していたものの、すべての医師が社会レベルのアドボカシーを行うべきかどうか、また、それを医学部のコア・コンピテンシーとすべきかどうかについては、一致していませんでした。


私が興味を持ったのは、医学生がアドボカシーを実施する際の課題を予想していたことです。

多忙さやスキル・トレーニング不足のほかに、

医師がアドボカシーを行うことで医療が政治的なものになるのではないか

自らの権力を不当に高めるためにアドボカシーを悪用する医師もいるのではないか

という懸念を表明していました。


②Endres K, Burm S, Weiman D, Karol D, Dudek N, Cowley L, LaDonna K. Navigating the uncertainty of health advocacy teaching and evaluation from the trainee's perspective. Med Teach. 2021 Sep 27:1-8. doi: 10.1080/0142159X.2021.1967905. Epub ahead of print. PMID: 34579618.


カナダのオンタリオ州の医学部のカリキュラム文書におけるアドボカシーの記載を検討し、さらに研修医と指導医にインタビューを行っています。


カリキュラム文書の目的があいまいで評価方法も不明確であること、そのために、アドボカシーの重要性が過小評価されているように見え、臨床学習から切り離されているように見えること、そのため研修医が学習の関心を他の場所に移していることが分かりました。


カリキュラム上で焦点が当たっていないために、アドボカシーは価値がないという認識が生まれ、興味がある研修医でさえアドボカシースキルの開発を躊躇していることが述べられています。


①②の研究は、医師(医療者)がおこなうアドボカシーとは何をすることなのか、ということが明確に示されていないことによる問題点を述べています。


では、具体的にどうしたらよいのでしょうか。


③Hollister BA, Yeh J, Ross L, Schlesinger J, Cherry D. Building an advocacy model to improve the dementia-capability of health plans in California. J Am Geriatr Soc. 2021 Sep 2. doi: 10.1111/jgs.17429. Epub ahead of print. PMID: 34476815.

https://agsjournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/jgs.17429?af=R


カリフォルニアで2013年から18年まで行われた、認知症Cal MediConnect(CMC)プロジェクトの内容と影響について述べられています。


以下のステップでアドボカシーを行っています。

(1)システム変革の指標となる認知症対応のベストプラクティスを特定する

(2)システム変革の指標となる公共政策を特定し、活用する

(3)チャンピオンを特定し、参加させる

(4)認知症ケアを改善するためのビジネスケースを作成し、提唱する

(5)認知症対応のプラクティスのギャップを特定する

(6)認知症対応のプラクティスのギャップを解決するための技術支援、ツール、スタッフトレーニングを提供する

(7)システム変革を追跡する。


これにより、認知症患者とその介護者のケアを向上させるシステムの変化がもたらされたことが述べられています。


③の研究ほどしっかりやるのはハードルが高いかもしれませんが、一つのbest practiceを示している点でとても重要な論文だと思います。


私にとってのアドボカシーは、症例報告を書いたり、商業誌や単行本の原稿を書いたり、レターを書いたり、ワークショップを開いたり、研究したり、路上生活者の夜回りをしたりです。

今回紹介した論文を読んで、もっと体系的に活動しなければいけないと感じました。



2021年9月23日木曜日

とある日の家庭医外来

 

※この記事に登場する患者は、すべて架空のものです。


とある小病院の家庭医外来の風景。


①70代女性。高血圧管理中。自宅血圧は変動が強いですが、拡張期血圧が60台になることもあり、これ以上治療強度は上げません。数年前に様々な要因が重なり精神的なトラブルがあったものの、現在は落ち着いています。毎日焼酎2合飲んで、肝障害あり。精神的トラブルのため独居になり、夜は寂しい様子。休肝日を作ってほしいと伝えつつ、本人がいま安定して生活していることを共通の理解としています。何がその患者を健康たらしめているのか、という視点はとても大事です。


②70歳男性。高血圧と喘息で呼吸器内科にかかっていたが、クリニック閉院により最近転院してきた。SSSでペースメーカーいれた循環器内科と、糖尿病内科にそれぞれかかっており、ポリファーマシーとなっています。こういう場合は、PCMH的な働きを意識しつつ、情報をまとめて、必要なスクリーニングを行いつつ、ケアの抜け漏れがないようにしています。また別の病院でHP除菌をしていたことが分かったりします(フォローの胃カメラが必要)。あとは、AAAスクリーニングのための腹部エコー(1回やればOK)、便潜血など。喘息はコントロール良好ですが、前医から継続して点鼻ステロイドが処方されており、本人も気に入っている様子。長期使用はかえって鼻炎症状を増悪させる可能性があるので、もう少し患者医師関係が強固になったら休薬について話してみようと思っています。


③60代女性。夏・冬に増悪する糖尿病。原因は果物で、冷蔵庫にあるとついつい食べてしまうらしい。気持ちはわかりますが小スイカ半玉を一気に食べる日々が続けば、まあ数値はあがりますよね。せめてもう少し摂取量減らしてみてはと伝えつつ、シーズンが終われば元に戻るので目くじらを立てるほどではないです。足病変は特になし(糖尿病患者では定期的に振動覚、白癬の有無、外反母趾などの変形、末梢動脈蝕知などの足診察をします)。加齢黄斑変性あり眼科を定期的に通院中。高血圧に関しては、2剤でコントロールOK。腎症2期なのでARBをまずは選択(ACEIは咳嗽あり断念)。片頭痛あるとのことであと1剤はCCBを選択したところ、発作がなくなってかなり喜ばれました。euthyroidの甲状腺腫があるためエコーを施行し、腺腫様甲状腺腫で悪性所見なかったので、2年後再検の予定。(甲状腺腫は私はこのレビューを参考にしていますhttps://www.nejm.org/doi/full/10.1056/nejmcp1415786)右肩痛があり、触診では烏口突起周囲に圧痛がありますが、外転150°まで可能でpainful arc signないため、簡単な運動療法を指導し、症状は軽快しています。


④20代男性。COVID-19感染のため自宅待機していたが、微熱と倦怠感が続くため結局3週間家にいた。おとといから職場復帰したが息切れ、強い倦怠感があるため受診。支持的に接しつつ、解釈モデルを聞き出したところ、肺炎の恐怖が強かった様子。いわゆるlong COVIDの一般的な説明をしつつ、家に3週間いたのだから体力は落ちて当たり前、徐々に生活を取り戻していきましょうと伝えました。幸い家族も周囲も受け入れは良好な様子。短期間でフォローしていくことになりました。


⑤50代女性。TIAが起きてもうすぐ1年。発作を期にアスピリン+スタチンが始まり、いわゆる「慢性疾患患者の仲間入り」になったことで、いつまでも元気で健康な自分という認識が揺らいでいる様子。この薬はずっと飲まないといけないのですかと聞かれた際に、単にエビデンスを示して説得する、というのではなくて、患者のselfの揺らぎというか、ある意味で「病院に定期的に通っている人になる」というライフステージの移行をどのように受容しているかという視点が大事だと思っています。この方の場合、自分が自分の病気をコントロールできているという感覚をもつことが、うまく受容するポイントだったように思います。


…この調子で20名(大体一コマこのくらいのことが多い)書こうとしましたが、あまりに長くなるので断念。

NTMの治療開始時期を見定めたり、菊池病の診断をしたり、誤嚥性肺炎から復活した超高齢の方が禁煙したことで呼吸機能が回復しておせんべいをバリバリ食べていると聞いて驚いたり、アルコール依存症の方を半年かけて何とか専門外来につなげたり、鵞足炎のストレッチを指導したり… これが1回の外来単位で全部起きるので、楽しいです。


2021年9月13日月曜日

暴力にさらされた女性の受診時における徴候

Vicard-Olagne M, Pereira B, Rougé L, Cabaillot A, Vorilhon P, Lazimi G, Laporte C. Signs and symptoms of intimate partner violence in women attending primary care in Europe, North America and Australia: a systematic review and meta-analysis. Fam Pract. 2021 Aug 27:cmab097. doi: 10.1093/fampra/cmab097. Epub ahead of print. PMID: 34448843.

https://academic.oup.com/fampra/advance-article-abstract/doi/10.1093/fampra/cmab097/6358619?redirectedFrom=fulltext


親密なパートナーからの暴力(Intimate Partner Violence: IPV)は、見逃されやすい問題です。

その性質上、患者さんが積極的にIPVについて医療者に開示することは期待されないでしょう。

でも、できる事なら気づいて対処したいものです。命と健康にかかわる問題なので。


このシステマティックレビューでは、IPV被害者の女性がプライマリケアを受診したときに、どのような徴候・症状を呈するのかを明らかにするために行われました。

IPVが直接の受診の動機になっている場合だけでなく、受診動機は問わないとのことです。

これはとても現実的な前提だと思います。


系統的レビューの対象は、ヨーロッパ、北米、オーストラリアのプライマリケアを受診した15歳以上の女性を対象とした定量的研究で、IPV被害者について調べているものです。

日本と文化圏が異なることに注意が必要です。


結果をまとめると、受診時のうつ症状、不安症状、性感染症、身体症状症が、IPVと関連していました。かならずしも身体的な暴力の痕跡(あざなど)に限らないという点が重要だと思います。

もしかしたら(というより、かなり高い割合で)、IPVについてこれまで相当数見逃しているのかもしれないと、深く反省しました。


プライマリケアに、うつ、不安、性感染、身体症状症の問題が持ち込まれることは結構ありますので、そのような方からお話を伺うときに、本研究が示したIPVとの関連を頭に思い浮かべておくようにしようと思います。

「身の安全が守られていますか?」という質問をすることで、もしかしたら患者のこれからの人生が変わるかもしれません。


2021年9月10日金曜日

脆弱な高齢者の障害を軽減する在宅プログラムの効果

Szanton SL, Leff B, Li Q, Breysse J, Spoelstra S, Kell J, Purvis J, Xue QL, Wilson J, Gitlin LN. CAPABLE program improves disability in multiple randomized trials. J Am Geriatr Soc. 2021 Jul 27. doi: 10.1111/jgs.17383. Epub ahead of print. PMID: 34314516.

https://agsjournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/jgs.17383


生活機能動作に障害のある高齢者は、家庭医にとっても頻繁に出会う集団です。

その障害をどのようにしたら軽減できるのか、という問いに向き合っている研究です。


本誌のEditorialから抜粋すると…

CAPABLEプログラムは、作業療法士(OT)と正看護師(RN)が連携して評価を行い、その結果に基づいてカスタマイズされたアクションプランを提供する、5カ月間で10回のセッションを行う在宅型プログラムである。

このプログラムの斬新な点の一つは、家庭内の潜在的な危険性や自立機能を阻害するその他の環境に対処するために、家周りの改修業者(handyworker)によるサービスを提供することである。

参加者は、OTによる1時間のホームセッションを最大6回、RNによる1時間のホームセッションを最大4回受けることができ、最大1,300ドルの住宅修理、改造、補助器具の提供を受けることができる。CAPABLEの提供にかかる総費用は、訪問、消耗品、チームの調整、走行距離、部品、労働力などを含めて、一人当たり約3,000ドルである。

このプログラムは、低所得の高齢者という恵まれない環境にある人々にほぼ焦点を当てており、女性とアフリカ系アメリカ人の割合が高いのが特徴である。

(https://agsjournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/jgs.17440?af=R)


つまり、障害のある高齢者が自宅の生活をよりよく送るために、

・OTと看護師による在宅での患者指導と

・家屋改修

を組み合わせています。


このプログラムについては、RCTが3本、実装後の研究が3本なされており、それをまとめたのがこの論文です。

6つの試験すべてにおいて、ADLおよびIADLの改善が確認されたとのことです。

また、コストについて検討した4論文では、コスト削減も示されたとのことです。


プログラムの効果を明らかにするためにRCTを(コントロール群を変えながら)複数行って、さらに実装研究もおこなって、RCTと実装後の結果を統合して発表するという、お手本のような流れです。美しいです。