2019年2月25日月曜日

プライマリケアにおける診断(part 6)



Donner-Banzhoff N. Solving the Diagnostic Challenge: A Patient-Centered Approach.
Ann Fam Med. 2018 Jul;16(4):353-358.

かなり手ごわい論文ですが,病院から診療所勤務になって,診断があわないと悩んでいるときなどには,非常に有用な内容が含まれています.


患者の参加を必要とする適応戦略

 特定の徴候が仮に複数なかったとしても,関連疾患が十分除外できるわけではなく,そのためには問題空間を帰納的かつ協働的に徹底して探索するしかない(図2).そのためには,堂々といつもと違うことや心配していることを全て話すだけの十分な時間と動機が患者にあることが不可欠となる.威圧的な環境で業務を行っていたり,帰納的渉猟の段階で患者の話をあまりに早く遮ったりする医者には望みが薄い.導入で述べた薬剤誘発性頭痛の例が示す通り,そのような医師は,症状を説明できるあらゆる仮説の想起と関連情報の収集を全て独力で行わなくてならないため,重要な所見や仮説をどうしても見逃してしまう.以上より,診断プロセスの正確性は医師患者関係の質に大きく左右される.本稿でのべた最初の病歴聴取と診察のアプローチは,画像検査や侵襲的検査などにおけるshared decision makingにも活用できる可能性がある.(27)

 人間は自らの認知戦略を置かれている環境や手を付けている業務に適応させるものである.Elsteinらの独創性に富む研究(17)に参加した医師は,演者が演じた症例や紙上にかかれていた症例には明確な正解があるものと考えていたに違いない.医師が実際に直面する課題はそうではなく,その問題空間は潜在的には無限に広い(上記の通り)ものであり,患者の所見も多様かつ曖昧で医学的に説明がつかないことが多い.(16)問題空間が十分狭くなったものの関連情報がまだ見つかっていない段階になってはじめて,医師は戦略を仮説演繹法に切り替える.

 上述の現象学は,医学的診断に関連する他のプロセス(直感(25),経験則(29),パターン認識(30,31)など)を除外するものではない.パターン認識はたしかに一般的かつ適切なものであり,医師が適切な症状や徴候をすべて把握しているときに有効に働く.帰納的渉猟は不適当な結論に勇んでたどり着いてしまうことを防ぐことができる.(16)
患者と医師が協働して問題空間を探索するというのが,プライマリケアの診断プロセスの現象学を描写するのに最も適当である(図3に関連する戦略並びに陥りかねないピットフォールを示す).この協働的探索モデルは,すでに定式化された理論,特に閾値モデルと仮説演繹モデルに対しての批判に応えるものである.関連データの大半はプライマリケアから採られたものであるが,複数の疾患が関心の対象となる臨床セッティングであればいかなる場合でもこのモデルは適応可能であると信ずる.



2019年2月18日月曜日

プライマリケアにおける診断(part 5)



Donner-Banzhoff N. Solving the Diagnostic Challenge: A Patient-Centered Approach.
Ann Fam Med. 2018 Jul;16(4):353-358.

かなり手ごわい論文ですが,病院から診療所勤務になって,診断があわないと悩んでいるときなどには,非常に有用な内容が含まれています.


診断の仮説演繹モデル

 仮説演繹モデルは,医学における診断推論理論として今なお優勢を保っている.(17)このモデルによると,患者と出会った初期の段階で,医師は可能性のある説明(仮説)をいくつか思いつく.これらの仮説に従い,確定または除外のための追加の情報収集が行われる.提唱された当時に革命をもたらしたこのモデルは,病院勤務医が標準的な模擬患者の評価の際に行った自らの推論を省察する様子(思考発話)を観察することで得られた.(17)しかしこのセッティングでは実際のプライマリケアで患者を診察するのとくらべて特定の仮説の想起が起こりやすくなる.というのもプライマリケアでは患者の症状を医学生物学的枠組みの範疇で十分説明できないことが多いのである.(18)


確証バイアスか,それとも合理的反証戦略か

 臨床推論の過ちに関する文献では,確証バイアスが診断エラーの発生源として言及されていることが多い.(19,20)医師がこのバイアスの影響を受けると,自分が抱いている仮説を確かなものとする情報のみを探し集め,矛盾する所見を無視してしまうことになる.しかし,広大な問題領域を探索しなければいけない場合には,疾患の存在を示す証拠に注目するという通常なら批判される行為こそが理に適った戦略になる.

 上述の通り,重篤な病態は除外可能であるという仮定からプライマリケアの診断は始まる.診療の間,この仮定をもとに,特定の疾患を示唆する所見を探す形でcritical testが行われ,もし所見があればさらに追及をしていく.言い換えれば,明らかに医師は反証戦略を用いて,問題空間を上述の通り探索する.この早期段階では,陰性所見の確認に労力を使うことはない.陰性所見がもたらす情報はあまりないからである.ゆえに,疾患の有病割合が低い間は,医師が疾患の存在を示唆する所見(陽性所見)を探求するのは至極尤もなことである.(21,22)特定の疾患の存在を指し示す所見が積み重なり,その疾患の可能性が高くなってからでなければ,陰性所見は意味をなさない.

 このプロセスにおいて,医師は病理的異常による所見(症状,徴候,検査異常など)や特定の疾患が起こる頻度は50%よりずっと少ないという事実を活用する.(23)疾患が存在しないという当初の仮説に反して,医師は特定の疾患を示唆する所見を求めて問題空間を探索する.特異度の高い診断基準がこの段階でとりわけ有用であることは明らかである.もしそのような診断基準が満たされていれば,その疾患が存在する可能性が高いということになる.このような基準が存在するからといって,他の特定の疾患にも特異的であるということにはならない.プライマリケア医は数多ある疾患を(例えば「厄介でよくわからないウイルス」というように)グループ化して扱いやすくしている.(24)所見があることでさらに探求を深める価値のある領域が分かるなら,その所見は有用である.気道感染症の患者が呼吸困難感の症状を訴えれば,良性で自然と改善する疾患という当初の想定を翻して,新たな探求が引き起こされる.こうして狭まった問題空間には,肺炎,閉塞性肺疾患,鬱血性心不全などが含まれるであろう.「レッドフラッグ」の概念は,特定の仮説を必ずしも念頭に置かずに問題空間を探索するというこれまで述べた考え方に近い.何かがあわない,何かがおかしいという奇妙な感覚も同様に助けとなることがある.(25,26)



2019年2月11日月曜日

プライマリケアにおける診断(part 4)



Donner-Banzhoff N. Solving the Diagnostic Challenge: A Patient-Centered Approach.
Ann Fam Med. 2018 Jul;16(4):353-358.

かなり手ごわい論文ですが,病院から診療所勤務になって,診断があわないと悩んでいるときなどには,非常に有用な内容が含まれています.


空間を探索する

 実際の医師の営為,特に患者診察の初期段階での営為を描写するには,新しいやり方が必要である.そこで私は,医師はこの広大な問題空間をまず探索し,患者はそこで中心的役割を果たしているという考えを提唱する.


帰納的渉猟,そして誘発されるルーチン

 282のプライマリケア診療と163の診断エピソードの分析により,帰納的渉猟(inductive foraging)と呼ばれるプロセスが明らかとなり,これは特異的な仮説の生成に先行することが示されている.(5,16)このプロセスは,最初に患者に自分の問題を語るよう促すというものである.多くの場合,この語りは次いで主訴として記録されるものとは大きく異なる.患者が同時に語るものは,付随症状や機能的関連,そして多くの場合自分なりの説明や懸念である.もし患者が邪魔を受けず語り続けることができれば,患者は症状や問題を自分が知覚した通りに医師に伝え,問題空間の探索を誘導することになる.

 いくつか例を挙げる.倦怠感と抑鬱のある63歳男性が,最近シャツのボタンがかけにくいと語ることで,早期のパーキンソン病のヒントを提供する.67歳の退職した配管工がここ最近よくせき込むと話す.呼吸機能検査を行うべきか考えているときに,患者が現在地域のブラスバンドでチューバを演奏していると以前話していたことをなんとか思い出し,患者の呼吸機能は問題ないだろうと安心する.

 無限と言ってよい問題空間の中で,医師が直截的かつ多くの場合クローズドな質問で探索を行うということは,総合医のセッティングではまず現実的でない.一度患者の話の腰を折ってしまうと,患者は多くの場合受動モードに切り替わり,医師が思いつく範囲内の問題に関する質問だけに答えるようになってしまう.明らかに,このような早期閉鎖が起こると重要かつ思いがけない問題点が失われてしまう.どんな顛末を迎えるかは,導入で述べた薬剤誘発性頭痛の事例をみれば瞭然である.あの若い医師が薬剤の有害事象という仮説に自分の力でたどり着くとはあまり思えない.何とかたどり着くとしたら,冗長な質問を重ねあれこれ悩んだ挙句だろう.患者に病像を話すのに十分な時間を最初に確保し,積極的傾聴により患者の話を促すことは,患者にやさしいというだけでなく,診断を豊かにし診察の有効性を高めることにもつながる.

 患者の助けを得て問題空間が確定された後に,医師はその限られた領域を直截的な質問によって探索する.しかしこの探索は特定の仮説に従うものではなく,誘発されるルーチン(a triggered routine)と呼ばれる(図2).例えば,嘔吐したという患者に腹痛と便通について尋ねる.冒頭の若い医師が患者に頭痛の性状を訊くのもこの一例である.帰納的渉猟と誘発されるルーチンに,明確な仮説は必要でない.仮説をあまりに早期に検証するのは,重要な情報が失われるかもしれず,ともすれば有害ですらある.私たちが以前行った研究(5)によると,上述の探索戦略により十分な情報が得られるため,特定の診断仮説の評価が必要な診療は全体の半数に満たなかった.この半数以下の事例においてのみ,プライマリケア医は,Elsteinらの独創性に富む研究(17)に端を発する仮説演繹モデルが提唱するような特定の診断仮説を念頭に置いた追加データの収集を行う必要があった.



2019年2月4日月曜日

プライマリケアにおける診断(part 3)



Donner-Banzhoff N. Solving the Diagnostic Challenge: A Patient-Centered Approach.
Ann Fam Med. 2018 Jul;16(4):353-358.

かなり手ごわい論文ですが,病院から診療所勤務になって,診断があわないと悩んでいるときなどには,非常に有用な内容が含まれています.


臨床上の問題空間の環境特性

 閾値アプローチは,臨床上の問題空間(clinical problem space)が境界明確かつ大部分が特定可能な疾患により満たされていると仮定している.しかし,この仮定はプライマリケアでは当てはまらない.そこでは問題空間はほぼ無限であり,そして大部分は未分化なままである.そして重篤かつ特異的な疾患の占める割合は低い.(9)たとえば,胸痛を訴える患者においてでさえも,急性冠症状群の割合はわずか1.5-3.5%である.(10)同様に,腹痛のうち新生物によるものは僅か1%だけである.(11)肺塞栓症や解離性大動脈瘤といった他の多くの致死的病態は,プライマリケアのレベルでは定量化すらできないほど稀である.(12)このような疾患の確からしさを診断閾値に設定すると不合理なまでに低くなってしまう.言い換えれば,閾値モデルをそのまま適応すると,診察の端からほとんどの重篤な疾患が除外されてしまう!

 エビデンスに基づく医療において有名な教義に,疾患を除外するには感度が高い検査が良い(省略してsn-outと覚えられている)というのがある.(13)しかし,有病割合が低い状況では,検査後にその疾患がある確からしさ,つまり疾患の陰性的中率は変わらず低いままである.感度が高い検査ですら,この低い割合を変化させるのに有用ではない.例えば,プライマリケアにおいて胸痛を訴えて来院する患者に急性冠症候群がある割合は約2.5%である,(11)もし患者が十分若く(女性で65歳未満,男性で55歳未満),胸部の圧迫感や絞扼感がなければ,確からしさは0.26%に低下する.しかし,既知の冠動脈疾患や緊急往診の依頼といった陽性所見があれば,確からしさは臨床的意義のある42%まで上昇し,診断敷地を上回る.(14)言い換えれば,有病割合が低ければ,感度が高い検査でもほとんど情報をもたらさないことが多い.(15)

 上記の状況は,閾値モデルが内在している仮定,つまり診断プロセスの開始時点で疾患の確からしさは診断閾値と治療閾値の間にあるという仮定にそぐわない.では,プライマリケア医はいかにして最初から確からしさが診断閾値を上回っている疾患にたどり着いているというのであろうか.

 医師は数多くの重篤になりうる病態を除外しなくてはいけないため,この難題は非常に厄介である.さらに,プライマリケアでは漠然とした症状が多く,異なる説明が複数可能である一方でそれぞれの蓋然性は非常に低い.最後に,臨床的に重要な健康問題の多くは従来通りの疾患カテゴリーでは捉えられない.