2019年1月28日月曜日

プライマリケアにおける診断(part 2)


Donner-Banzhoff N. Solving the Diagnostic Challenge: A Patient-Centered Approach.
Ann Fam Med. 2018 Jul;16(4):353-358.

かなり手ごわい論文ですが,病院から診療所勤務になって,診断があわないと悩んでいるときなどには,非常に有用な内容が含まれています.


臨床上の意思決定に対する閾値アプロ―チ

 1980年,PaukerとKassirer(1)は診断の閾値モデルを提唱した.このモデルでは,医師がある疾患を想定しているときに取る行動は2つの閾値に依拠していると仮定する.つまり治療(あるいは検査,治療)閾値と診断(あるいは検査)閾値である(図1).疾患の確からしさが治療閾値を超えれば,医師は診断プロセスを終了し行動に移る.この行動は治療のこともあれば,状況に応じて他の手段(紹介など)になることもある.

 一方,疾患の確からしさが治療閾値を下回れば,医師はその疾患はないものと考え,疾患の確定や除外に関連するデータの収集を終了する.疾患の確からしさが診断閾値と治療閾値の間にある限り,更なる診断的検査が正当化され,治療閾値を上回る(疾患があるとみなされる)か診断閾値を下回る(疾患がないとみなされる)かして問題が解決されるまで続く.

 診断閾値と治療閾値の水準の設定に影響する因子として,疾患の重症度と検査や治療の利害が挙げられる.閾値を算出するformalなモデルは他にも提唱されている(2-4).閾値は数字で表されるだけでなく記述的にも表される.後者の閾値モデルは,医師が自身の診断プロセスを自身の価値観,あるいは患者の価値観(こちらのほうが望ましいが難易度は高い)に沿うものにする際に,助けとなってくれる.

 閾値モデルは直感に訴えるものがあるが,プライマリケアから発信された最近の研究によると,特定の仮説に狙いをつけた検査(演繹的検査)がみられた診断エピソードは40%に満たない.(5)特定の疾患仮説に的を絞らない戦略の方が一般的であり,仮説に基づく検査より多くの診断上の手がかりを得ることができる.(5)臨床で出会うすべての患者が,疾患の確からしさが2つある閾値の1つを超え,診断が決定して終わるわけではない.医師は,急性の重症疾患を除外したうえで,待機戦略をとる(つまり経過観察とする)ようにしている.(6)最後に,閾値モデルは医師に焦点を合わせている.つまりこの考え方では,患者は完全に受動的な立場にいる.これは,患者が臨床上の(診断に関する)意思決定に能動的に参加していることを示した実証研究と矛盾している.(7,8)

2019年1月21日月曜日

プライマリケアにおける診断(part 1)


Donner-Banzhoff N. Solving the Diagnostic Challenge: A Patient-Centered Approach.
Ann Fam Med. 2018 Jul;16(4):353-358.

かなり手ごわい論文ですが,病院から診療所勤務になって,診断があわないと悩んでいるときなどには,非常に有用な内容が含まれています.


診断上の難題を解き明かす:患者中心のアプローチ

要約

臨床上の問題を妥当にかつ異論のないように説明することは,医師のみならず患者にとっても重要なことである.医師が診断にたどり着く道筋については現在,閾値アプローチや仮設演繹モデルなどの理論があるが,それらは総合診療における診断プロセスの正確な描写には至っていない.総合診療で扱う問題空間の広さと各疾患の事前確率の低さを考えると,医師の鑑別診断リストにある特定の疾患を調べることに診断プロセスを矮小化するのは非現実的である.そこで,患者と医師が協働して診断に達する方法,とりわけ帰納的渉猟と呼ばれる,診断的ルーチンを誘発する情報を引き出すプロセスによる方法について新たなエビデンスが議論されている.診断上の難題の解決と患者中心の診療は切り離して考えるべきではなく,これらは相乗的なものである.


キーワード

臨床上の意思決定(clinical decision making)
診断(diagnosis)
仮説演繹法(hypothetico-deductive reasoning)
帰納的渉猟(inductive foraging)
医師(physicians)
プライマリケア(primary care)
プライマリヘルスケア(primary health care)
閾値モデル(threshold model)


はじめに

 フランス映画「かけがいのないものIrreplaceable」(原題はMédecin de Campagne:田舎の医師.監督Thomas Lilti)で,健康上の理由で診療を止めざるを得なくなった田舎の高齢医師が,代わりを務める若い同僚に自分の患者を紹介している.ある中年の患者が最近発症した頭痛の治療を求めて来院した.その若い医師は直截的な質問をたちまち浴びせて,部位や強さ,付随症状を突き止めようとしたが,このような的を狭く絞った質問からは全体像ははっきり浮かびあがらなかった.高齢の医師は,患者が診察の最初に何が言いたげにしていたが,若い医師がそれを遮ってしまったことに気付いていた.促されてようやく,患者は糖尿病の新しい薬を飲み始めてから頭痛が起こったことを語りだした.

 医師がどのように診断にたどり着くのかついて,議論は多くなされてきたが,それにくらべ実証研究はずっと少ない.Cognitive challengeは膨大であり,特にプライマリケアなど総合診療医のセッティングでは顕著である.しかし,従来の理論では医師がどう対処しているのかを十分に説明できない.以上を踏まえ,プライマリケアでの意思決定に関する最近のエビデンスに基づく新しいアプローチをここに提唱する.

 まず,従来の診断プロセス理論を概観し,プライマリケア現場での適合性について議論する.それから,最近登場したエビデンスを援用し,総合診療医の診断プロセスに対する今までと異なる概念化を提示する.


2019年1月14日月曜日

家庭医療に関する疑問と回答(part last)


Kozakowski SM et al. Responses to Medical Students' Frequently Asked Questions About Family Medicine. Am Fam Physician. 2016 Feb 1;93(3):Online. (PMID: 26926619)

家庭医療について医学生が抱きがちな疑問にたいして,Q & Aでまとめています.
日本でも米国でもこの辺りの事情はあまり変わらないですね.

回答は当然米国の状況を反映しているものですが,読んでいて非常に面白いです,
何回かに分けて訳します.今日で最終回です.


家庭医療の研修を受けることでヘルスケアのリーダーになる準備がどのようにして整うのか?

 家庭医療はシステムに基づく診療に重きを置いており,また研修も幅広いため,家庭医はヘルスケアシステムを率いるリーダーとして引っ張りだこになるものである.患者,地域,そしてヘルスケアシステムは,予防医療,急性期医療,慢性期医療の各サービスを提供する際の複雑性を心の底から理解しているような臨床で研鑽を積んだリーダーを求めている.家庭医は他の専門科医師,ヘルスケアに関わる専門職種,ヘルスケアの支援者と専門領域を超えて協働し,ヘルスケアを届けることの全体像を提示することができる.自分の住む地域や州のAAFPの支部に参加しリーダーシップを発揮する機会はたくさんある.


家庭医療の未来はなぜこれほどまでに明るいのか?

 包括的なプライマリケアこそが,地域社会の健康を守り,国家が健康を増進し,健康格差を減らし,ヘルスケアの質を向上させ,ケアにかかるコストを下げるための解決策であるという認識が徐々に社会に広がっている.世界を見わたしても,プライマリケアを基盤としたヘルスシステムはコストが低く,質が高く,ケアへのアクセスも良好である.卒前医学教育の協議会であるジョサイヤメイシージュニア基金をはじめとする高名な機関や政策立案者も,より多くのプライマリケア医を育成する必要性があると言明している.

 患者保護並びに医療費負担適正化法 には,プライマリケアを強化するカギとなる上行がいくつかある.その中には,プライマリケア医への支出を増やし,先進的なプライマリケアモデルの創出を促すものもある.2015年4月の画期的な法案の成立をうけて,サービスの量ではなく結果と質に褒賞を与える新しい支払制度が導入されつつある.

 米国のヘルスケアシステムの急激な変化により家庭医の必要性が高まっている.推算では2025年までにさらに52000名のプライマリケア医が必要になる.ゆえに,家庭医がどの専門科よりも求人率が高いことは驚くことではない.

 2014年より始まった「アメリカの健康のために家庭医療を」プロジェクトにより,診療モデル,支払い,技術,労働力,教育,研究を向上させるロードマップが作成された.これは,患者,雇用者,支払者,政策立案者,プライマリケアに関わる他の専門職と協働して,プライマリケアの価値と利点,そして米国全土で健康とヘルスケアの需要を合致させるために家庭医がどれだけ貢献できるかを示すことを目的としている.

 家庭医は,医学のアートとサイエンスをどちらも用いて,長く続く関係性を活かし健康とウェルビーイングに影響を与える.これが,家庭医が自分の仕事を愛する理由であり,家庭医療のキャリアを選ぶ人の将来が輝かしいものとなる理由である.


2019年1月7日月曜日

家庭医療に関する疑問と回答(part 7)



Kozakowski SM et al. Responses to Medical Students' Frequently Asked Questions About Family Medicine. Am Fam Physician. 2016 Feb 1;93(3):Online. (PMID: 26926619)


家庭医療について医学生が抱きがちな疑問にたいして,Q & Aでまとめています.
日本でも米国でもこの辺りの事情はあまり変わらないですね.


回答は当然米国の状況を反映しているものですが,読んでいて非常に面白いです,
何回かに分けて訳します.


家庭医はどのようにして専門の幅を超えて医学の進歩に遅れないようにしているのか

 専門に関わらず,全ての医師は患者に可能な限り最善の医療を提供する義務がある.家庭医療は専門領域の幅が広すぎて知る必要があることを全て学ぶことなどできないのではと心配になるかもしれないが,それは全くの間違いである.家庭医療のレジデンシーでは大多数の患者の心配事を上手に管理し,自分の限界を認識し,資源を活用し,生涯学習のスキルをコアとなるスキルを学ぶことができる.

 医学は進歩するため,最新かつ最良の医学的エビデンスを知っておくことは重要である.家庭医は情報源を数多く持っており,あなたが好きな学習スタイルに合うものもあるだろう.これらの情報源には,生の事例や机上の事例,モノグラフ,オーディオポッドキャスト(米国家庭医療学会のポッドキャストなど),雑誌(American Family Physicianなど)などがある.医療アプリの活用はここ数年で急増しており,ベッドサイドツールとしてのみならず継続的な医学教育の機会にもなる.


医学教育と家庭医キャリアの経済面での現実はどうか?

 医学教育を受けるのは金銭的負担であり,医学生はほぼ全員,研修期間に多額の借金を背負うことになる.米国医科大学協会は2014年10月に,借金の中央値は18万ドルであると報告した.家庭医の給料は,しっかり計画して,様々な返済オプションを使えば,借金の返済がゆったりと可能である生活を保障する.

 返済免除または返済支援プログラムに加入することを計画している医学生は3人に1人を越える.このようなプログラムは通常,返済免除の代わりに医療資源の乏しい地域で診療を行うことをレジデントの卒業生に求めるが,その場合でも他の臨床医と同様の給与と利益は確保される.

 2006年以降,家庭医は最も求人の多い専門科であり,初任給の平均は19万8千ドルである.家庭医の需要が高まるにつれ,給与も高くなっている.カリフォルニア南部のある大規模な統合医療システムでは,最近になり家庭医の初任給を25万ドルに増額した.平均的な家庭医の給与は米国全体での世帯収入の上位6%に入っている.