2015年2月28日土曜日

81歳女性:左臀部痛(Mayo Residents' Clinic)



引き続き、Mayo Clinical ProceedingsのResidents' Clinicです。

81-Year-Old Woman With Left Hip Pain


81歳女性。2週間前に風呂場で転倒して左側を打った。転倒前後に前兆や意識消失は無し
初めは左臀部が少し痛い程度だったが、次第に痛みと腫れが強くなり、歩けなくなった。左大転子部に巨大な内出血あり。
既往は慢性腰痛、骨粗鬆症、リウマチ性多発筋痛症、パーキンソン病(最近診断された)。
薬剤はリセドロネート、カルビドパ‐レボドパ(一か月前より服用)、プレドニゾン。


医学雑誌のJIM(現:総合診療)でみた、僕が知る限り最短のクリニカルパールがこちら。

「なぜ転んだのか」

転倒時の意識消失などを聴いているのは、転倒が起きた原因を知りたいからですね。
実は心原性の失神が起こっていた、なんてことになると、急性期のマネージメントも変わってきます。
もちろん、白内障だった、風邪をひいてふらふらしていた、家の段差に躓いた、など原因となりうるものは多数あります。
ここら辺は、家庭医的な視点をもつ必要がありそうです。

もちろん、転倒の結果としての外傷も大事です。
見た目には大丈夫でも、骨折や硬膜下血腫など、注意点はたくさんあります。

本症例では、パーキンソン病による姿勢障害や起立性低血圧が転倒の原因でしょうか。
そして、転倒の結果として、左股関節部の打撲が起こった、と考えます。
骨粗鬆症の既往がありますし、大腿骨骨折について慎重に診る必要があります。



痩せて青白く、痛みがつらい様子。心拍80、呼吸数12、血圧102/60(普段のsBPは125-135)、体重45.1kg

血圧がいつもより低いですね。
自分では思いつかなかったのですが、パーキンソン病の自律神経障害で、循環血液量が下がっても心拍が上昇しないことがあるそうです。
実はショックバイタルの可能性があるということですね。恐ろしい…。

どこかに出血があるのでしょう。
考えられる可能性は2つあると思います。
1.消化管出血などが先行→循環血液量減少で起立性低血圧→転倒
2.転倒→打撲部位に巨大血腫



身体診察:左臀部に巨大血腫あり(8×10cm)、そのため左股関節可動制限あり。神経所見なし。
検査:Hb 6.7g/dl、Plt 17.5万

あらら、出血源はここですね。
重篤な出血を引き起こす原因がなにかあるのでしょうか。
ともあれ、輸液を始めましょう。



Ret, PT, APTT, 末梢血塗抹標本をみる必要があるそうです。
APTTは85.1秒と著明に延長、PTは14.0秒とわずかに基準値外です。
塗抹標本は特に問題なし。

CTで他の部位にも血腫が見つかったそうで、いよいよ凝固異常の鑑別を始める必要が出てきました。



高齢者でAPTT単独延長をみたら、私なら後天性血友病を第一に考えます。
検査の結果、やはり後天性血友病の確定診断となりました。

後天性血友病は、第Ⅷ因子を阻害する自己抗体ができてしまう疾患です。
男女比はほぼ同じ半数は特発性です。
続発性としては出産後、自己免疫疾患、悪性腫瘍、皮膚疾患、感染、薬剤があるそうです。
鼻出血、消化器出血、尿路出血、内出血、血腫などが初発症状になります。関節内出血はあまり起きないそうです。

治療の目標は2つ、出血のコントロールと、抗体の根絶です。
前者としては、anti-inhibitor coagulant complex(ファイバ®)やrecombinant factor VIIa(ノボセブン®)などを使います。
後者は、ステロイドやシクロフォスファミド、リツキシマブなどです。

コントロールがついたら、背景疾患を探します。
悪性腫瘍が隠れていたりしますからね。



~Clinical Pearls~

パーキンソン病患者では脈拍が上昇せずショックバイタルが隠れることがある。
(心疾患のある患者も同様。詳しくはこの記事を。)

後天性血友病をみたら、隠れている疾患を探す。

なぜ転んだのか。



62歳男性:術後の持続する嘔気嘔吐(Mayo Residents' Clinic)



Mayo Clinical ProceedingsのResidents' Clinicです。
2月分をまだ記事にしていませんでした。

62-Year-Old Man With Persistent Postoperative Nausea and Vomiting


2型糖尿病、低ゴナドトロピン性性腺機能低下症(6か月前に診断)、慢性腎不全(ステージ3)、冠動脈疾患の既往のある62歳男性。
僧房弁の心内膜炎で入院中。バンコマイシンとリファンピンを含む広域抗菌薬で治療も、重篤な便硬化を来したため手術に。
抗菌薬開始後から嘔気、嘔吐、疲労感、食欲低下が進行、術後15日経っても症状持続。増悪寛解因子なし。吐き気止めは効果なし。
発熱、悪寒は抗菌薬開始後良くなった。腹痛なし。便通変化なし。胸やけ、頭痛、めまいなし。

体温37.1℃、心拍65、血圧138/73、SpO2 96%r/a
弱っている印象。BMI 19。腹部所見異常なし。発赤なし、浮腫なし。


なんだろうなー。うーん、よくわからん。
とりあえず、multimorbidityだなーと思ったら、真っ先に薬剤性を考えることにしているので、何らかの薬剤の副作用かなと。
腸閉塞を起こしているわけではなさそう。感染症による症状でもなさそうですね。


嘔気嘔吐に関係する薬剤は数多いですが、特に注意すべきは以下の通り。
オピオイド、NSAIDs、抗菌薬、抗不整脈薬、抗てんかん薬
外来では大麻中毒も考えるようにとありました。あらら…。

この患者は痛みどめは服用していないです。バンコマイシンとリファンピンが怪しいか。


WBC 8500, Cre 3.5, BUN 33, Na 131, K 5.2, HCO3 25, Glu 64, 肝酵素異常なし

この主訴で低Na高Kとくれば、副腎不全を考えますね。
低Naは副腎不全患者の90%で見られるそうです。
主訴の時点で鑑別に挙げられなかったのは反省です。
原因は何でしょうか。手術の侵襲は関係しているのでしょうが、症状は手術前からですね。


次の問題は、副腎不全が原発性か続発性かです。、

頻度からすれば、続発性は原発性の2倍です。
続発性では低血糖が見られやすいそうです。
一方、原発性では、色素沈着は言わずもがなですが、消化器症状と高Kが見られやすいそうです。

CRHとコルチゾールを同時に測るのが現段階での最善手とのことです。CRH>100pg/mlなら原発性で確定だそうです。
本症例では、CRH58pg/ml(基準値10-60)、CRH負荷でコルチゾール上昇したので続発性となります。

日本だとどうなのでしょうか。CRHではなくACTHを測定するとおもいます。
急性だと検査を待たずステロイド投与だと思いますが、今回の場合は結果を待っていいでしょう。
治療効果の判定は、検査値ではなく臨床症状でやるのがいいみたいです。


原発性副腎不全の原因として最も多いのは、やはりステロイドの怠薬でしょう。
他にも自己免疫性(Addison病)、結核、AIDS、感染による相対的ステロイド欠乏などが挙がるそうです。
続発性で最も多いのは汎下垂体機能低下症です。
本例でももともと下垂体の機能が落ちていたことは推察されます。


なんと、リファンピンは副腎不全を引き起こすそうです!
リファンピンがCYPを活性化させることは知っていましたが、コルチゾールがCYPで代謝されるために副腎不全を招くとのことです。
他にも、ケトコナゾール、フルコナゾール、フェニトイン、エトミデートなども、下垂体や視床下部の機能が低下している人が服用すると副腎不全が起こる可能性があるそうです。


以上、リファンピンでステロイド代謝が活性化したことによる副腎不全の症例でした。
勉強になりました。


~Clinical Pearls~

慢性の副腎不全は特異的症状に乏しい。病歴、既往歴、薬剤歴から積極的に疑う。

続発性副腎不全をみたら、CYPを活性化させる薬剤を探す。

multimorbidityは薬剤の副作用に特に注意!


2015年2月27日金曜日

精神疾患と貧困の関係



今週のBMJ Openにこのような論文が出ていました。

Trani J-F, Bakhshi P, Kuhlberg J, et al.
Mental illness, poverty and stigma in India: a case–control study. 
BMJ Open 2015;5: e006355. doi:10.1136/ bmjopen-2014-006355


インドで、統合失調症または感情障害の患者さんに対するスティグマが、貧困状態に関係しているかをmatching case-control studyで調べています。

貧困を測る指標が非常に示唆的です。
「貧困」と聞くと、単に金銭的欠乏のみを想起しがちですが、
この研究では様々な次元にわけて貧困の指標を抽出しています。



意訳してみると以下の通り
(赤字は患者群全体とコントロール群全体との間にp<0.05/16の有意差が出た項目)

【個人レベルの基本的能力】
・医療にかかれるか
・教育を受けたか
・仕事をしているか
・飲み水をどこから手に入れているか
・室内の大気は綺麗か
・トイレ設備はどうか
・照明設備はどうか
・収入はどうか

【住環境】
・家に何人住んでいるか
・持ち家か
・建材はkutchaかpuccaか。
(kutchaは泥や藁でできた建材、puccaはブロックやレンガなど)
・日用品をどれだけもっているか
・世帯収入はどうか
・世帯支出はどうか

【個人レベルの精神社会的状況】
・住環境は安全か
・選挙で投票したか


これらの指標のうち6つ以上でカットオフ以下であると測定された方の割合は
精神疾患患者で38.5%、コントロールで22.2%でした。

このような多次元にわたる貧困と関連の強かった因子として
スティグマ、カースト、精神疾患、女性
が挙がりました。


精神疾患の患者は貧困状態に陥りやすい、
特にカーストが低い女性患者で顕著である、という結論です。



金銭的な困窮ももちろん重要な問題ですが
人はパンのみにて生くるに非ず、ということで
貧困に内包する事象を広くとらえ
しっかり介入していく必要があると思います。


2015年2月26日木曜日

NEJM Case7-2015



今週のNEJM Case Recordです。
本文はこちら


Case 7-2015
A 25-Year-Old Man with Oral Ulcers, Rash, and Odynophagia

【患者】25歳男性
【主訴】口腔内潰瘍、発疹、嚥下時痛

【現病歴】
18日前:副鼻腔が軽く詰まったような感じが出現
16日前:右股関節の手術をうけた。その後ナプロキセン処方
8日前:咽頭炎、嚥下時痛、発熱、戦慄、夜汗出現
5日前:外来受診。扁桃は腫大発赤、陰窩膿瘍と前頸部リンパ腫大あり。アモキシシリン処方。
4日前:体温38.6℃に症状
3日前:再受診。平熱に戻っていたが他の所見は変化なし。アモキシシリン継続も再び発熱。
2日前:再受診。扁桃より膿排泄あったが扁桃周囲膿瘍の所見なし。伝染性単核球症の検査は陰性。好中球優位のWBC上昇以外に血液検査異常なし。アモキシシリンクラブラン酸処方で帰宅。その後、口腔内病変と、顔面と体幹に散在する膿疱が出現
1日前:再受診。体温38.7℃。当院紹介受診。

【現症】
体温38.8℃、血圧147/82、脈拍110、呼吸数22、SpO2 97%r/a
陽性症状:嚥下時痛(8点/10点)、両下肢の筋痛、下腿の圧痛のある結節、肛門周囲の搔痒、3日前からの便秘、経過中に約3.5kgの体重減少
扁桃発赤。扁桃腫大発赤し陰窩膿瘍あり。頸部、頤下部、鼠径部リンパ節腫大あり。
下唇、顔面、口腔内、体幹、四肢に膿疱あり、手掌足底にはなし。各大きさ2mm以下。
圧痛のある結節が体幹、下腿、臀部に散在。
陰茎、陰嚢、肛門周囲に潰瘍あり。
迅速ストレップ陰性。血液検査値特に変化なし。尿検査異常なし。

【既往歴】
痤瘡、陰部びらん(自然治癒した)、好酸球性食道炎疑い



以下、議論です。

梅毒:2期梅毒は発熱、発疹、筋痛、リンパ節腫大、咽頭炎を起こすこともある。
ただ発疹の種類が違う。2期梅毒の発疹は斑状または斑状丘疹状となる。
また、2期梅毒の陰部病変は、浅い無痛性びらんと扁平コンジローマとなる。
他のSTIも、やはりこの患者の全身の皮膚症状を説明できない。

天疱瘡/類天疱瘡:口腔内病変だけでなく陰部病変をきたすこともある。
ただ、年齢が合わない。自然軽快している点も合わない。

Tリンパ球関連皮膚疾患:多形紅斑、びらん性扁平苔癬、TENなど。
NSAIDsや抗菌薬の曝露があり、口腔内と陰部に病変がある患者で疑う。
どれも患者の皮膚所見とは合わない。

クローン病:アフタ性潰瘍と結節性紅斑は合致するが、膿疱の存在と消化器症状の不在が合わない。



というわけで、やはりこの特異的な皮膚症状が曲者ですね。
最も可能性のある鑑別診断はベーチェット病だとおもいます。
皮膚症状だけを考えるならまずこれだろうと思います。
ただ、扁桃に膿がたまったりや嚥下時痛がおきたりするのかが私の知識外です。

口腔内アフタ、皮膚症状、眼症状、外陰部潰瘍の主症状のうち3つを満たしているので、厚生労働省ベーチェット病診断基準では不全型の診断ですね。
ちなみに副症状は、関節炎(変形や硬直がない)、副睾丸炎、消化器病変(回盲部潰瘍など)、血管病変、中枢神経病変です。

そういえば、「血管炎を疑ったら睾丸痛を調べる」というClinical Pearlを見たことがあります。
ベーチェット病のPearlでは、「若い日本人女性の脳梗塞をみたらベーチェット病を疑え」がありますね。

いろいろ調べてみたら、どうやら扁桃炎がベーチェット病発症の契機になるみたいです。
「喉風邪をひくと皮膚に発疹が出る」という病歴が聴取できることもあるみたいですね。

参考:扁桃炎を契機に増悪した完全型ベーチェット病の1症例


というわけで、嚥下時痛が初発となったベーチェット病の症例でした。


~Clinical Pearls~

ベーチェット病の発症初期は、扁桃炎や齲歯との合併が多い。

ベーチェット病の皮膚病変は、痤瘡様、丘疹‐小水疱‐膿疱、偽毛嚢炎、結節、結節性紅斑、表在性静脈炎、壊疽性膿皮症様、多形滲出性紅斑様、触知可能な紫斑。



2015年2月21日土曜日

鼠径部ヘルニア(NEJM Clinical Practice)



今週のNEJM Clinical Practiceは、成人の鼠蹊部ヘルニアについてでした。
本文はこちらです。


Groin herniaは、inguinal herniaとfemoral herniaを合わせた概念です。
この記事では、groin herniaを「鼠径部ヘルニア」、inguinal herniaを「鼠径ヘルニア」と訳しています。



キーポイントは以下の5つ。

○男性の鼠径部ヘルニア発症頻度は女性の10倍以上
○陥頓していたらすぐ手術
○鼠径ヘルニアは、男性で無症状なら経過観察もありだが、結局10年以内に痛みが出てきて手術が必要になることが多い。
○単純な片側性の鼠径ヘルニアなら、open repairは部分麻酔かつ低コストで済む。腹腔鏡は痛みが少なく日常生活への復帰も早いが、全身麻酔が必要であり、腹腔内損傷のリスクもある。
○女性のヘルニアでは経過観察は勧めない。女性は大腿ヘルニアが多く、しかも鼠径ヘルニアと見分けるのが困難だからである。



以下、外科的治療の項を除いて、要点をまとめます。

【疫学】
鼠径ヘルニアは右>左で、間接ヘルニアの頻度は直接ヘルニアの2倍。
鼠蹊部ヘルニアの年間発症率は18歳で0.25%、75-80歳で4.2%

大腿ヘルニアは鼠径ヘルニアの5%以下。
大腿ヘルニアの35-40%は陥頓や腸閉塞になってはじめて診断される。
大腿ヘルニアは女性>男性。
女性の鼠径部ヘルニアのうち、鼠径ヘルニアは大腿ヘルニアの5倍。

鼠径部ヘルニアリスクは男性、高齢、家族歴(~8倍)、COPD、喫煙、低BMI、腹腔内圧上昇、膠原病性脈管疾患、胸腹部大動脈瘤、鞘状突起開存、開腹での虫垂切除術の既往、腹腔透析。


【症状】
鼠径部ヘルニアの症状は、重い/引っ張られる感覚、灼熱感、鋭い痛み、咳嗽・排尿排便・運動・性交時の不快感や疼痛。
ただし1/3の患者は無症状
症状は1日の終わりにかけて悪化し、横になるか用手的に還納すると良くなる。
急性発症の強い疼痛は陥頓を考えて緊急手術。


【診断】
治療は同じなので、間接ヘルニアと直接ヘルニアを鑑別する必要はない。
身体診察のみで間接ヘルニアと大腿ヘルニアを鑑別できないときもある。
症状は典型的だが身体診察で異常がないときにのみ、潜在ヘルニア(occult hernia)などを除外するため画像診断が必要である。

鼠径部腫瘤の鑑別診断はリンパ節腫大、軟部腫瘍、膿瘍。
陰嚢腫瘤の鑑別診断は陰嚢水腫、精巣がん。
鼠径部ヘルニアに一致する症状があるのに腫瘤がないときの鑑別診断は、潜在ヘルニア、精巣上体炎、局所の筋骨格的異常(股関節炎、恥骨結合炎、腱滑膜炎など)、神経根圧迫、腎結石。

アスリートでヘルニアのような症状が出ることがある。いわゆるスポーツヘルニア(鼠径部痛症候群、鼠径部後壁の弱体化により慢性の運動時痛を呈する)や、大腿骨寛骨臼インピジメント(股関節の関節唇損傷)、長内転筋腱障害など。


【マネージメント】
無症状またはわずかにしか症状のない鼠径ケルニア患者における、経過観察と外科的手術のRCTが2つ存在する。(n=160とn=720)

・1年経過時で疼痛の度合に有意差なし。(n=160)
・2年経過時でQOLに有意差なし。(n=720)
・15ヶ月経過時(n=160)、または2年経過時(n=720)で、経過観察群の1/4が主に疼痛のため手術施行となった。この時点では、手術による合併症は増えなかった。
・7.5年経過時で経過観察群の72%が手術施行となった。(n=160)
・10年経過時で経過観察群の68%が手術施行となった。(n=720)
・65歳以上の患者の79%は、手術が必要と予測される。(n=720)

以上より、無症状またはわずかにしか症状のない鼠径ヘルニアを経過観察にすることは、安全ではあるが手術の先送りにしかならないといえる。全身状態の脆弱化や筋膜欠損の進行により合併症の頻度は増えてしまうだろうと考えられる。

このRCTの対象は「ヘルニアを心配して受診した患者」なので、患者の多くを占める「無症状かつ気づいていない」患者にこの結果をそのまま外挿することはできない

また、女性の鼠蹊部ヘルニアは大腿ヘルニアが多いので、経過観察は勧めない。


2015年2月19日木曜日

NEJM Case6-2015



今週のNEJM Case Recordです。
本文はこちら
いつものごとくさっくりまとめます。


Case 6-2015
A 16-Year-Old Boy with Coughing Spells


16歳男性が、咳がひどいと春の終わりに外来受診。

3週間前から咳嗽と鼻閉があった。抗ヒスタミン薬は効果なし。
3日前の夜にひどい咳の発作が出現。呼吸困難と咳嗽後嘔吐を伴った。
他院受診、ステロイドの点鼻と咳止め(ベンゾナテート)を処方された。

2日前、咳は続いていた。夜に再び咳の発作と嘔吐。鼻閉があるほか異常所見ない。
経口ステロイドとアルブテロール吸入薬が処方された。

以降、やはり咳は続いていた。当日夜、再び咳の発作が出現。

陽性症状:咳嗽、鼻閉、咳嗽後嘔吐、発作時鼻出血、発作時呼吸困難
陰性症状:発熱、扁桃腺腫大、頭痛、難聴、胸痛、非発作時呼吸困難、腹痛、消化器症状

身体所見:血圧140/79(右上肢)、119/72(左上肢)、心拍数83、体温36.5℃、SpO2 99%r/a
右肺野で呼吸音減弱。他の所見は正常。

検査:WBC 8200(好中球46.1%、リンパ球42.6%) 胸部レントゲン正常




以下、議論をまとめます。

咳嗽が8週間以上続くと、慢性咳嗽と判断します。
最も多い原因は反復感染です。
喘息、GERD、上気道咳症候群がメジャーですが
他には喫煙(受動含む)、嚢胞性線維症、異物誤嚥、気道狭窄、間質性肺疾患などが上がります。
特に小児では、異物誤嚥を鑑別から外さない意識が大事かもですね。

この症例では、咳発作の症状が激しいこと、発症が急であること、画像検査が正常であることより、感染症以外の上述の鑑別診断は考えにくくなります。
家族歴を聴くと、どうやら母親も4週間前から咳があるらしい。やっぱり感染症ですね。

副鼻腔炎としては発熱や疼痛がない。膿性鼻汁でもない。
結核としては曝露歴がなくX線で異常がない。(これだけで否定するのは危険だと私は思います。)
マイコプラズマにしては非典型だけど可能性は大いにある。
クラミジア肺炎は稀だけどやはり可能性はある。
ウイルス性だと発熱や全身症状が出るはず。

2014年はマサチューセッツで百日咳が流行ったらしいです。
ワクチン歴を確認すると、幼少期に接種しているが、その後のブースター接種はしていないとのこと。
日本では、DPTワクチンを通常生後3-12か月に3回、その12-18か月後に追加接種、さらに11-12歳にDTワクチンを接種、となっています。

百日咳といえば、まずカタル症状が出て、7-10日後に発作期となり咳がひどくなって、数週間で良くなる、という経過をよく勉強します。
咳発作は1時間に数回起こることもあり、夜に増悪します。咳嗽後嘔吐が認められることも多いです。非発作時は無症状です。

しかし、これはワクチン未接種者の場合。
ワクチンを受けた思春期以降の百日咳の症状は、慢性咳嗽が前面にでます。
失神、肋骨骨折、失禁、肺炎、痙攣、脳症を合併することもあるそうです。

百日咳の診断は各種検査を時期毎に使い分けます。



百日咳の治療は、マクロライド系を2週間投与+対処療法です。
周囲にうつさない注意も必要です。
家族や濃厚接触者には、マクロライド系を2週間程度服用してもらいます。


~Clinical Pearl~

ワクチン接種者の百日咳の症状は、慢性咳嗽が主体となる。

小児の慢性咳嗽の原因として、感染、喘息、上気道咳症候群の他に、異物誤嚥と受動喫煙も考える。


2015年2月17日火曜日

フソバクテリウム咽頭炎/patient-centered medical home/更年期の血管運動症状



本日付のAnnals of Internal MedicineとJAMA internal medicineで興味深かった記事を3つ紹介します。



The Clinical Presentation of Fusobacterium-Positive and Streptococcal-Positive Pharyngitis in a University Health Clinic: A Cross-sectional Study


咽頭炎の診断といえば、ウイルス性か溶連菌か考えよう、そのためにCentorスコアや迅速検査を使おう、という流れですよね。
この論文を読む限り、Centorさん本人は、そんな安易でいいのかと考えているみたいです。

15-30歳の咽頭炎では、少なくとも10%がFusobacterium necrophorumによるものです。

F. necrophorumは口腔内常在菌ですが、成人のF. necrophorum咽頭炎は400人に1人の割合でLemierre症候群になってしまいます。
βラクタマーゼ産生菌ですので、溶連菌の第一選択であるペニシリンではダメということになってしまいます。

F. necrophorumは、以前このブログでも扱ったことがあります。
(こちらの記事。伝染性単核球症に合併するVincent's anginaについて。)


急性の咽頭痛を主訴に大学の健康センターにやってきた学生312人と、無症状の学生180人を対象に、咽頭拭い液をPCRして菌のいる割合を調べています。結果は以下の通り。

F. necrophorum : 20.5%(患者)、9.4%(無症状)
A群溶連菌 : 10.3%(患者)、1.1%(無症状)
C/G群溶連菌 : 9.0%(患者)、3.9%(無症状)
マイコプラズマ : 1.9%(患者)、0%(無症状)

F. necrophorum、A群溶連菌、C/G群溶連菌が検出された患者群では、Centorスコアが高値でした。


この結果をどう臨床に用いるか悩ましいですね。

全患者に抗菌薬は論外として、じゃあCentorスコア高値ならF. necrophorumを考えてアンピシリン・スルバクタムなのかといえば、少しオーバーな気がします。

Centorスコアで1-3点ならストレップ迅速検査を行うことが多いと思いますが、F. necrophorum単独感染だと陰性にでますよね。そこで陰性なら培養ということになりますが、このプラクティスを全例に行うことは現実的なのでしょうか。まだ臨床の経験がないので判断できません。

膿瘍やLemierre症候群を疑わせる所見、伝染性単核球症後、口腔内不潔などがあれば積極的にF. necrophorum感染を考えるのはありだと思います。
そうでない一般の細菌性咽頭炎疑い例では、まずペニシリンで治療し、効果が乏しければF. necrophorumを疑う、ということになるのでしょうか。

細菌性扁桃炎のフォロー時には、溶連菌後急性糸球体腎炎に加え、F. necrophorumの可能性も考慮に入れる必要がありますね。



Patinet-Centered Medical Home Implementation and Use of Preventive Services: The Role of Practice Socioeconomic Context


Patient-centered medical home(PCMH)については
American Academy of Family Phycisians(AAFP)のサイト
もしくは藤沼康樹先生の本(いわゆる赤本)に載っています。





私は赤本でこの概念を知りました。以来、私の志向する医療像の1つとなっています。

簡単に説明すると、その人が今までどんな生活をしていて、いまどんな健康状態で、これから健康に暮らすために何が必要なのかを包括的にとらえるためのシステムです(と理解しています)。
具体的には、他院の受診について相談できたり、予防についてきちんとレコメンドできたり、介護負担や金銭的問題などについても連携してアプローチできたりするような場です。
疾患AがあるからA病院で薬をもらい、疾患BがあるからB診療所に行き…、といった行き当たりばったり式の分断医療では医療機関も患者さんも困っちゃうと思うのです。

たしかAAFPが新年のあいさつで、PCMHについていろいろ実践してみたけどやっぱりいいよコレ、と主張していたように記憶しています。日本でももっと広がっていってほしい概念です。


この研究では、特に低所得地域において、PCMHはがん検診率を向上させたとしています。

multimorbilityの時代になり、polypharmacyとpolydoctorが当たり前になっているからこそ、予防も含めた包括的な医療を提供するPCMHはどんどん必要になっていくと私は思っています。



Duration of Menopausal Vasomotor Symptoms Over the Menopause Transition


いわゆる更年期障害のうち、受診理由として最も多いのが血管運動症状(vasomotor symptom; VMS)です。
顔のほてりや夜間の発汗などが現れます。更年期のいわゆる「自律神経失調」ってやつです。

VMSは従来、続いたとしても2年くらいだと言われていたらしいのですが、この研究は、じつは半数の女性で経過は7年以上にわたり、また閉経後も症状は4.5年続くことを示しています。
患者さんに「半数の人で7年以上続きます」としっかり説明しましょう、ということらしいです。



NEJM Case5-2015



ようやくオンライン環境に身を置くことができました。
書き溜めていた記事を投稿することができます。



NEJM Case Recordです。
Case 5-2015は以下の症例でした。

【患者】未分化大細胞型リンパ腫治療後の69歳女性
【主訴】繰り返し出現する丘疹



皮膚リンパ系悪性腫瘍についての専門的な議論がされていました。
診断はリンパ腫様丘疹症(Lymphomatoid papulosis)でした。


聞いたことのない病名だったのでUpToDateなどで調べてみました。
皮膚科と病理部にお任せする疾患だとは思います。

リンパ腫様丘疹症では中心に壊死や痂皮を伴う丘疹や結節ができますが、3-8週で自然に消えます。その際、色素沈着や瘢痕を残します。
出ては消えてを結構長い間繰り返すみたいで、新旧の皮疹が混在していることも多いそうです。

予後良好なので美容の問題がなければ経過観察がいいです。ただし、菌状息肉腫、未分化大細胞型リンパ腫、ホジキンリンパ腫など他の悪性疾患の発症リスクがあるので長期フォローが必要です。発症の順番は問わないみたいです。


調べてみたら初診では帯状疱疹疑いだった例などが出てきました。
私の医師人生でこの疾患に出会う日は来るのでしょうか。



皮膚のT細胞系悪性腫瘍だとATLや菌状息肉腫、Sezary症候群が有名ですよね。

ATLは日本にいる限りは勉強する必要がある疾患だと思います。
沖縄や九州の一部ではHTLV-1キャリア率が約5%とのことです。こんなに多いんだとびっくりです。長崎県では発症・死亡が年間で70件あるそうですが、納得の多さですね。ですが、妊婦のスクリーニングが功を奏しているみたいで、B型肝炎ウイルスと同じくそのうち駆逐されそうな雰囲気です。

宮城征四郎先生の本で、頑固な便秘→高Ca血症→ATLという症例があったと記憶しています。
たしか「Dr.宮城の白熱カンファレンス」だったと思います。沖縄らしいなーと納得しました。





高Ca血症の鑑別としては、薬剤性、副甲状腺機能亢進症、悪性腫瘍の三大柱がまず想起されます。腎不全もCa高値となりますが、そもそもCrやBUNの値で気付くかと思います。マニアックなところだと肉芽腫性疾患や家族性ナンタラカンタラとかでしょうか。

高Ca血症の症状としては、多飲多尿、中枢神経症状、食欲低下、嘔気嘔吐、便秘、尿路結石などが頭の中にでてきます。高齢者が全身状態悪化して譫妄みたいになってる、というイメージがぱっと出てくるのですが、これだと若年者の高Ca血症を見落としてしまいそうですね。
UpToDateで調べると、他には膵炎、胃潰瘍、筋力低下、骨痛、徐脈、高血圧などがあるそうです。


全体の60%を占めるacute variantでは、治療しても予後は1年以内で、非常に恐ろしいという印象があります。
高Ca血症などでATLを疑ったら、全身のリンパ節腫脹(ほぼ100%でみられる)、肝脾腫(50%)、皮膚病変(50%)に注意して診察する必要がありそうです。感染に弱くなるのにも注意です。

今回勉強して一番意外だったのは、lymphamotous variant(20%を占める、血球異常が出ない)も予後はacute variantと同じだということです。acute variantと同じくCaやLDHは高値になります。

全体の15%をしめるchronic variantの予後は2-5年程度です。
しかし、Alb低値、LDH高値、BUN高値で特徴づけられるunfavorable chronic-typeの予後はacute variantと同じだそうです。



菌状息肉腫とSezary症候群は、私にとっては名前はよく聴くけどいまいち患者さんを想像できない疾患です。こちらの疾患はそのうち出会う気がします。

USMLEでは「乾癬と思っていたけど難治性で生検したら異型リンパ球が上皮内に集簇していて(Pautrier微小膿瘍)、菌状息肉腫と診断しました」という流れでよく問われている印象です。

ステージはpatch→plaque→systemicと進行します。
systemicまで進行して紅皮症やリンパ節腫大、血液中異型Tリンパ球(Sezary細胞)があるとSezary症候群、というイメージで理解しているのですが、これで正しいのでしょうか。


~Clinical Pearls~

リンパ腫様丘疹症では、中心に壊死や痂皮を伴う丘疹が、色素沈着を残しながら出ては消える。

高Ca血症の三大柱は、薬剤性、副甲状腺機能亢進症、悪性腫瘍(ATLを含む)。全身リンパ節、肝脾腫、皮疹に注意。



2015年2月14日土曜日

更新小休止です



医師国家試験が終わり、ほっと一息ついております。

卒業旅行や引っ越しの準備に追われており、落ち着くまでブログ更新する時間が取れません。

ムジュラの仮面3DSもやらなきゃだし(それでいいのか…)


NEJM Case recordを含め論文に目を通してはいるのですが

なかなかブログにするだけのまとまった時間が取れません。

オンライン環境にいる時間がとれないです。


というわけで正常運転までしばらく時間を下さいね。

いまからゴロンの里に行ってきます!(だからそれでいいのか…)



2015年2月6日金曜日

消化管出血(Clinical Problem-Solving)



今週のNEJM Clinical Problem-Solvingです。
消化管出血に対するアプローチと、LVADとの関係について考察されていました。

Clinical Problem-Solvingは、実際の対応とそれについてのコメントが交互に記載されており
実際に患者さんを目の前にしたときの思考過程を追いかけることができます。


このシリーズをまとめた単行本も出ています。邦訳もあります。



出てくる症例と考察が奥深く、その分量もあり読むのに難儀した記憶があります。
単調になりがちな医学生勉強に刺激的なスパイスを与えてくれる本です。おすすめです。



【患者】2.5か月前にLVAD(左室補助人工心臓)をいれた66歳男性

【主訴】2日目からの疲労感、起立時のふらつき、鮮血便→黒色便に移行


見た目は蒼白で、心拍74bpm、血圧117/99です。
心拍が上昇していないですが、βブロッカーなど心臓系の薬剤を服用しているためであると考えられるそうです。なるほど…。

一見ショックバイタルではないですが、心疾患がある→薬剤の影響があるのでは、という思考なのですね。
低血糖のときも同じですね。βブロッカーを服用していると冷汗、頻脈などの症状が出にくくなります。
アナフィラキシーショックの時にアドレナリンが効きにくくなるのも注意です。グルカゴンの使用を考慮します。


英語ではhematochezia=血便、melena=黒色便と使い分けます。
友人の初期研修医が、「血便」ということばの使い方が現場で各人まちまちだから統一したいと話していたのを思い出しました。


まずはショック状態の離脱。並行して出血源の特定です。
本例では輸液、輸血後にエソメプラゾールを投与しています。reasonableな判断だとコメントされています。


鑑別としては、胃潰瘍や炎症(食道炎、胃炎)が第一に挙がります。
LVAD装着患者ではangioectasiaの可能性が強まるそうです。

肝硬変の所見はないので静脈瘤の可能性は下がります。
ちなみに、肝硬変の所見で感度、特異度ともに高いのは顔面の毛細血管拡張症で、Se/Sp=82/92だそうです。(@Tk23BotBot3による)

稀な鑑別疾患としては、癌、Dieulafoy病変(粘膜が小欠損していて動脈が露出している)、憩室出血、大動脈消化管瘻があります。


angioectasiaは、angiodysplasiaと同義と理解しています。
UpToDateによると、60歳以上の患者の右側の結腸にできることが多いそうです。
50歳以上の無症状の人をあつめてくると、そのうちの0.8%に見られるそうですが、スクリーニングは推奨されていません。
末期腎不全、von Willebrand病、大動脈弁狭窄症に併発することが多いです。

LVAD装着患者にangioectasiaが多いことは今回初めて知りましたが
大動脈弁狭窄症とangioectasiaの合併はHeyde症候群として聞いたことがありました。
どちらもvon Willebrand因子の破壊が病態であると考えられているみたいです。



本例では、まず上部内視鏡を行ったところ、食道炎が見つかりましたが、これだけでは大出血をきたさないだろう→他にも出血源があると考え、シンチで十二指腸の出血源を発見→カプセル内視鏡でangioectasiaを確認という流れでした。



~Clinical Pearl~

心疾患のある患者では、バイタルが薬剤の修飾を受けているのではと考える。

出血源、1つ見つけただけですぐ満足するな。

末期腎不全、von Willebrand病、大動脈弁狭窄症、LVAD装着患者の消化管出血は、angioectasiaをより強く疑う。