2015年12月29日火曜日

重度認知症患者の経管栄養と輸液(part 2)


Canadian Family Physicianに掲載されていたレビューを読んで
驚きと反省が大きかったので
全訳して掲載いたします。
前回の続きです。

Artificial nutrition and hydration in advanced dementia
Irene Ying
Canadian Family Physician (61) 245-248 2015


 Nさんに胃瘻を増設すると、全体として有害事象が多く苦痛が増える、とあなたは説明したが、Nさんの娘は、母親が飢え死にしてしまうという考えにとらわれたままであった。


ANHを希望する家族へのアプローチ

 理想的には、ANHを開始するという決断は、利益(身体的、精神的の両方にわたる)と有害事象の重みを天秤にかけたうえで、医師、患者、家族が共同して行うべきものである。法的にはは、意思決定は各州で定められた意思決定代理人(SDMs)の順位に従って指名された人が行うべきである。一般的にこのような決定は、患者が以前表明していた希望にまず真っ先には基づくべきであるが、この希望は、認知症が始まる前かまだ進行していない初期に、患者に尋ねることでしか知りえない。このような希望を知りえない状態では、患者の最善の利益に基づいて決定が行われるべきである。
 栄養チューブ挿入は大抵の場合、急性期での入院の間に行われるが、そこではスペシャリストや患者家族に継続した関係を持たない医師が医学的ケアを提供しており、家族が意思決定を行う際のプレッシャーが強くなることが多い。それゆえ家庭医にとっては、進行期での人工栄養を支持するエビデンスがないことについて、認知症の初期の段階で患者や家族と話し合っておくことが、やはり大事である。

理解内容を明確にする
 ANHの利害について話し合う前に、患者の友人や家族が抱いている特定の懸念についてまず理解することが大切である。その懸念は、最愛の人が「渇きと飢えで死んでいく」という考えに端を発しているのか。技術の進歩と良質なケアを同一のものと認識しているのか。まだ見えていない家族内の複雑な動的作用から導かれた決定なのか。こういったことを知らなければ、家族や患者を効果的に支えることがとてつもなく困難になる。

教育する
 前述のようなANHにまつわる神話に加えて、飢えと渇きについての不安が介護者の心にのしかかっていることが多い。口渇と口腔乾燥は終末期によく見られることであるが、輸液はこの症状を緩和していないように見える。末期患者では、経口での食事が空腹感を悪化させることすらある。死期が近い場合は、少量の食事、水分、人工唾液、良質な口腔ケアにより、飢えと渇きをどちらも効果的に治療することができる。

支える
 SDM(意思決定代理人)の役割は、不確定や不安と闘うことである。SDMは、ソーシャルワークやスピリチュアルケアといった、自らの支えとなる存在に気付くべきであり、実際それらは利用可能である。文化的、宗教的信念に基づいて家族が反対を唱えている場合は、その信念の細部を理解して情報が明確に伝達できるようにするために、患者の文化的、精神的指導者に対話をお願いすることが有用かもしれない。たとえば、苦しみが人間の体験における重要な側面であるとみなされている文化があるが、そこでは不快感のリスクは特定の介入を追求する際の妨げとならないかもしれない。しかしこれは、有害事象の危険性があることや死に向かう最後の数日間の過程を変えることとは異なる。このようにしばし曖昧となる輪郭を描く際には、コミュニケーションの継続が重要となる。

予測とパラメーターを設定する‐しかし、柔軟でありつづける
 ANHが開始された場合では、介入の変更や中止の必要性を示す徴候や症状についてのガイドラインを近しい人に渡しておくとよい。肺水腫による息切れ、下痢、褥瘡の悪化などの徴候や、栄養チューブや輸液ラインの自己抜去といった、ANHの有害事象を再評価する必要があるイベントについてあらかじめ議論しておくことで、家族がANHの中止に備えるのを手助けすることができる。友人や家族が、「生命維持」の提供というシンボル的性質と、実際目の前で起こっている有害事象との間で引き裂かれているような状況では、栄養注入や輸液の速度を症状が出ないレベルに下げるというような、より柔軟なアプローチでもよいかもしれない。速度が無視できるレベルになることもあるだろう。このようなシンボル的な所作は、近しい人が感情的に自らの喪失と向き合い、悲嘆過程を安寧なものとするのに十分な時間を提供するのかもしれない。


 あなたは、母親が「飢え死に」するのではとNさんの娘が心配していることを理解し、ANHの限界と有害事象について彼女に説明した。Nさんの娘は、注意深い食事介助を続けることに決めた。それから6か月間、Nさんは徐々に傾眠になっていき、娘は輸液を希望した。あなたは、他の症状が出ないレベルで皮下注入を行うことに同意した。娘は最終的にNさんの末期状態に向き合うことができ、輸液は終了となった。


これだけは

・人工栄養が重度認知症患者の予後を伸ばす、人工栄養・補液(ANH)は飢えと渇きを改善させる、というエビデンスはない。非経口補液は、それを行うことで症状を改善させる状況があるかもしれないため、ケースバイケースで考慮しても良い。

・食事、飲水はシンボル的な意味を強く有しており、これはANHの利害を推し量る際に無視できないものである。家庭医とジェネラリストは、サブスペシャリストによる管理の間は欠けてしまうかもしれない俯瞰的な視点を有しているため、重度認知症患者に対するANHの利害について家族と相談する際に重要な役割を果たす。

・議論は予防的に行うべきである。つまり、嚥下困難により合併症や入院が起こる前に、理想的には患者が自分の願いを表現できなくなる前に、議論をしておくとよい。

以上


調べていて見つけたのですが、
American Geriatrics SocietyのChoosing Wiselyの最初の項目は
American Academy of Hospice and Palliative Medicineと同じであり、
本文での推奨通りのことが書かれています。

Don't recommend percutaneous feeding tubes in patients with advanced dementia; instead offer oral assisted feeding.

Careful hand-feeding for patients with severe dementia is at least as good as tube-feeding for the outcomes of death, aspiration pneumonia, functional status and patient comfort. Food is the preferred nutrient. Tube-feeding is associated with agitation, increased use of physical and chemical restraints and worsening pressure ulcers.


参考:ジェネラリスト教育コンソーシアム Vol.5 Choosing wisely in Japan -Less is more-