2015年12月24日木曜日

重度認知症患者の人工栄養と補液 (part 1)


Canadian Family Physicianに掲載されていたレビューを読んで
驚きと反省が大きかったので
全訳して掲載いたします。

Artificial nutrition and hydration in advanced dementia
Irene Ying
Canadian Family Physician (61) 245-248 2015


 Nさんは80歳の女性であり、7年前にアルツハイマー型認知症とはじめて診断された。病状は進行し、現在は寝たきりでADLは全介助である。周囲の状況をあまり理解しておらず、同居している娘や義理の息子のことも時に分からなくなる。幸運にも、興奮や他の行動上の懸念はわずかである。娘は主介護者として家を離れずに面倒を見ている。
 あなたはNさんと娘家族を家庭医として長年診ている。ある日の診察中、Nさんの娘が、経管栄養が母にとっていいのだろうかと質問してきた。Nさんは食事が難しくなってきており、よく喉を詰まらせるからとのことである。


認知症患者の人工栄養と輸液のリスク

 アメリカにおいて、重度認知障害があり施設入所中の患者の3分の1が経管栄養を受けている。精神能力が障害されている可能性のある患者における人工栄養と輸液(ANH)に関する治療法決定のシステマティックレビューによれば、認知症患者を含めてANHを開始する第一の理由は延命である。しかし、エビデンスによれば、重度認知症患者におけるANHは延命にもQOL向上にもつながらない。それどころか、経腸栄養は合併症のリスクを挙げ尊厳を否定しかねない(Box 1)。従来から人工栄養は誤嚥のリスクを下げ創傷治癒を促進するといわれてきたが、研究は全く逆の結果を示しており、誤嚥のリスクと褥瘡の進行は経管栄養を開始することで増加する。後者に関しては、排便の量が増える(特に下痢になることが多い)ことで湿潤環境になり皮膚バリアが破壊してしまうのではと言われている。
 1989年に、生命倫理学者のMark Yarborough博士は増え続ける経腸栄養の利用に疑問を投げかけた。Yarboroughは経腸栄養を特定の集団に“強制的に食事させる”方法であると考えている節があった。想像力を抑制する必要はないが、経腸栄養により忍容量以上の食事を与えるという考えを招くため、重度認知症患者の文脈ではこれは適切なたとえではない。たとえそうであっても、私たちは異常な割合で重度認知症患者にANHを使い続けている。


社会、文化、倫理的考慮

 重度認知症患者への人工栄養が有害であるというエビデンスが既に知られており、どんどん蓄積されているにもかかわらず、人工栄養はこのような患者集団で頻繁に使用される介入方法であり続けている。この現象の原因として特定の集団をどれか一つだけ指摘するのは不公平であろう。というのも、原因はおそらく多岐にわたっているからだ。
 患者や家族にとって、食事や水分は宗教的、文化的、個人的な理由により重要な意味を持ちうる。例えば、迫害や貧困などにより飢えを経験した人はどのような状況であっても、経管栄養により生じる可能性のある害を差し置いて、栄養を投与されないことを尊厳の蹂躙ととらえるだろう。多文化な集団に対するこのような考慮を心にとどめておくことが特に重要である。カナダにいる住民の多くは、国内外を問わず生活環境が非常に苛酷であった可能性のある地域の出自である。
 医師やほかの臨床家が、重度認知症患者に経腸栄養を過度に使い続ける役割を演じてしまうこともある。たとえば認知症患者にとって誤嚥性肺炎は経管栄養の重要な適応であるというような誤りをよく犯す医師には知識の大きなギャップがあるというエビデンスが存在する。このように、多くの言語病理学者は、重度認知症や重度嚥下障害患者に経管栄養を行うと栄養状態が改善し予後が延伸するという誤った信念を抱いている。
 サブスペシャリストが管理している患者は、ジェネラリストの患者と比較して経管栄養を受けていることが多い。この理由は不明確だが、ジェネラリストが患者のケアをより広い視点で見る傾向にあることと関係しているのかもしれない。
 アメリカ老年医学協会のガイドラインでは、重度認知症患者に経管栄養を行わないよう推奨しており、注意深く介助下で食事させることを勧めている。注意深い食事会所が可能な状況下ではたしかにそのほうが良いが、現実には、重度の認知機能低下がある患者の多くは、育児も行っており非常に忙しい子ども(sandwich generation: 親の介護と育児の両方を行わなくてはいけない世代)が世話をしていたり、1対1の対応をする時間が限られている施設にいたりする。アメリカの研究では、経管栄養の入居者にかかる1日のコストは、そうでない入居者より低いことが明らかになっている。しかし、メディケアの請求書をみると、経管栄養の患者はチューブの挿入や合併症による入院などに関連する払戻の必要額が随分高いことが分かる。この研究結果により介護施設は、患者の健康とヘルスケアシステム全体のコストを考慮しながらも、自分の経営も安定化させなければいけないという難しい状況に追い込まれている。


輸液 (注:原文はparenteral hydration)

 経管栄養が引き起こすリスクと害のうち、輸液とも関連しているものがある(肺水腫、末梢浮腫、分泌物増加)が、量を制限して集中的に輸液を行うことが良い状況があるかもしれない。たとえば、補液はオピオイド中毒や高カルシウム血症のような譫妄の原因を緩和させることがある。