2016年1月26日火曜日

路上生活者の高血圧と精神病(NEJM Case40-2015) part4



2015年最後から2番目のNEJM Case Recordが
私の病院・活動のフィールドと非常に親和性が高いケースであったので
これはしっかり読み込まなくてはおもいます。
part4です。最終パートです。
Table 4には非常に有用なことが書かれてありますが、本文のみ訳したので原文を参照ください。





路上生活状態と統合失調症

Dr. Derri L. Shtasel: 患者はなぜ路上生活に陥ったのか。患者は統合失調症による発達上の問題を多く抱えている。統合失調症の診断がつくのはたいていの場合青年期後半や成人期前半なので、教育上、職業上、人間関係上の発達を阻害してしまう。中核症状‐幻覚、妄想、偏執、関心と意欲の消失、実行機能障害‐があると、大人としての生活に要求される事柄を行うのが難しくなる。結果として、成人の統合失調症患者は、この患者がそうであったように、無職あるいはパート勤務であり、社会的に孤立していて、家族との縁が切れていることが多い。とどのつまりが路上生活である。

 この患者にとって、4年間路上にいたことを考えれば、シェルターに入ったことは大きな一歩である。60年前であれば、このような患者はずっと入院することになっていたであろう。その頃と比べると、長期入院から地域社会に基づく治療システムへとの変革がなされ、外来でこのような患者に出会うことが多くなった。この変化に伴い、精神科急性期病院への入院は、従来のように疾患の重症度ではなく、どれだけ危険が迫っているかで判断されるようになった。そして入院治療では、緊急事態をいかに安定化させるかが重視されるようになった。この患者は、5年前の精神科入院で症状が改善したが、外来診療も来なくなり薬もやめてしまったことで疾患が再燃してしまった。どうして抗精神病薬を注視してしまったのかはわからないが、このような事態はよく起こる。統合失調症の薬剤治療が開発された当初は、これで治癒可能な病気になると思われたが、その希望は実現しなかった。そのかわり分かったことは、抗精神病薬はいくつかの症状を和らげるにすぎず、必ずしも機能を改善させるわけではなく、副作用を頻繁に起こすことであった。それゆえ、内服中断率は高値である。


包括的地域生活支援
 
 地域基盤型の治療が重症精神疾患患者においても望ましいのは明らかだが、ほとんどの外来型メンタルヘルスサービスの対象者は、複雑なシステムに従うことができ、信頼できるサポート資源と通院手段を有しており、予約を守ることができる者である。このようなサービスでは、このケースのような患者の役に立つことはまずない。治療やサービスを患者のもとに届けることが必要なのである。包括的地域生活支援は、診察室の外に出て多職種協同のチームが行うアウトリーチ活動であり、確立されたアプローチ法でまさに「患者のもとに届ける」支援を行う。包括的地域生活支援をこの患者にすぐに適応することはできなかったが、構成要素はいくつか活用した。マサチューセッツ州精神保健部門がもっている60床のシェルターにこの患者は入居した。そこでは新たな協同が実践されてきた。つまり、ソーシャルワーカー、看護師、精神科医、内科医、リハビリが、政府、大学、地域セクターの同じ専門家と手を取り合い、オンサイトのメンタルヘルスケア、プライマリケア、リカバリー志向型サービスのネットワークを発展させて、今回のような患者の多面的なニーズにこたえられるようにしてきた。統合されたモデルでは、多様な健康サービスをどのように届けるのかが重要であると考えるのだが、今回のような患者の役に立つような専門家によるメディカルホームを構築する動きの中で俄然注目を浴びている。



住居と回復
 現在のエビデンスは以下のことも示唆している:安心してずっといることのできる住居を保証することがこの患者のケアにとってコアとなる要素である。とくに「ハウジングファースト」という概念は、重篤な精神疾患のある人々が長期的に家に住むことができるように取り組んでいく際に重要となるであろう。従来のリニアハウジングという枠組みでは、まず対象者が一通りサービスを受けて、臨床的に安定してから個々の住居に移るという流れになる。一方、ハウジングファーストでは、まず個々の住居に入り、そこで利用可能な臨床的、社会的サービスを受けるという流れになる。この患者は抗精神病薬を服用しようとせず、正式な精神科ケアを受けようともしなかったが、ほぼ2年にわたりシェルターにいて次の支援を待つことができた。ここには、ハウジングファーストアプローチの特徴が色濃く表れている。

 回復(recovery)こそ、この患者に対するケア目標の中心として重視すべきだ。2003年にNew Freedom Commission on Mental Healthは回復を「変化の過程であり、それを通じて個々人が健康を増進し、自立し、可能性を最大にするために努力できるようになる」と定義している。回復の目標は、人々がスティグマ、無力感、絶望に陥らないようにすることである。これらは重篤な精神疾患につきものである。そして生きる目的を再構築し、希望を取り戻し、家族、友人、地域社会と再びつながることである。回復の枠組みに乗っ取って、今回のケースでは患者自身(サービス提供者ではないことに注意)が優先順位と目標を決めた(Table 4)。

 どうしてこの患者はよくなったのか。患者が高血圧エピソードのため入院した後、多くの機関(Table 3)のメンバーが協同して患者の内科的、精神的、社会的、個人的ニーズを把握し、一時的にシェルターにいる患者に直接サービスを提供した。内科的、精神科的に不確実な状態にいるのを良しとして、急がなくてはという思いと患者のペースや優先度とのバランスをとった。プライマリケア提供者は患者との関係性を最優先し、頻回な診療により信頼獲得に努め、なるべく患者が治療決定に携わるようにした。メンタルヘルスケアについては精神科医と緊密に連携をとった。皮肉なことに、患者が法的地位を再獲得し社会保障を受けられるようになるまでに時間がかかったことで、時間をぜいたくに使うことができた。患者は身分証も持っておらず、収入もなく、安心してずっと家に住む手段もなかったため、どこにも行くことができなかった。そのため時間をとることができ、実際のヘルスホームを構築した。そこでは住居、内科的、精神科、社会的の各種サービスがコミュニティアウトリーチやリハビリのチームと結びついている。患者はいま、地域社会ベースのグループホームで生活している。母親や子とふたたびつながり、路上生活を脱出してもう2年以上になる。


Dr. Nancy Lee Harris: この患者は、シェルターの入居者の代表的な姿であるか。この患者のように回復をするのは一握りか、それとも多くの患者が良くなっていき一人で生活するようになるのか。

Dr. Shtasel: 適切な治療とサポートにより、路上生活をしていた統合失調症患者の多くは安定して地域で暮らせるようになる。まさにこの患者が現在しているように。


最終診断

統合失調症、統合失調症にともなう認知障害、高血圧、路上生活