2016年1月17日日曜日

路上生活者の高血圧と精神病(NEJM Case40-2015) part3



2015年最後から2番目のNEJM Case Recordが
私の病院・活動のフィールドと非常に親和性が高いケースであったので
これはしっかり読み込まなくてはおもいます。
part3です。

A 40-Year-Old Homeless Woman with Headache, Hypertension, and Psychosis


マネージメントについての議論

Dr. Travus P. Baggett:私がこの患者に初めて会ったのは当院入院1週間前である。何年も公共の場で寝泊まりし社会サービスを拒否してきたが、ついにアウトリーチワーカーとともに、私がBoston Health Care for the Homelss Program(BHCHP)の医師として週一回開いているプライマリケアクリニックのあるシェルターを訪れた。下腿浮腫を診るよう私に依頼があった。

初診での第一の目標は、患者の信頼を得て、シェルター訪問を公式な医療受診にしないことであった。バイタルサインは測定せず、包括的な身体診察はしなかった。その代わり、足浴をして足の爪を切った。この方法は、重症な精神疾患を有しているがケアを受け入れたがらないであろう患者に、怖がらせずに身体的接触を行う足がかりとなる。患者のメンタルヘルスや社会環境を覗く窓を提供するという点においても、明らかに必要なことである。患者の足指の爪は伸びており、巻爪となっていた。これは、精神疾患が慢性に進行し、自分の状態をあまり把握していないことを示唆している。足はびしょびしょであり、悪臭があり、白癬感染と一致する変化が広範囲にあった。靴や靴下をあまり脱いでいないことが示唆された。比較的若い女性に見られる静脈鬱滞性皮膚炎による下腿浮腫は、椅子に座って眠ったり長い時間公共のベンチで眠ったりする人で良くみられる。

 数日後、患者はシェルターに入ることとなり、そのあとすぐ高血圧エピソードのために当院に入院した。しかし患者は退院後の処方薬を受け取ることができなかった。グリーンカートをはじめとする証明証がなかったため、マサチューセッツメディケイドプログラムの対象外となってしまったからである。シェルターの多職種協同チームが協力して、患者の戸籍証明とグリーンカードを手に入れた。患者は相変わらず自分の精神疾患のことを分かっておらず、精神科治療は受けたがらなかったが、内科的プライマリケアは喜んで受診した。

 患者はそれから2年間で私のシェルターでのプライマリケア診療所を60回以上受診した。気にするのはたいてい身体症状のほうで、身体の左側のみに集中していた。症状は頭痛、胸痛、腹痛、上肢痛にくわえて、頭部浮遊感、嘔気、倦怠感もあった。このような訴えは支離滅裂であり、妄想の内容と認知のゆがみの影響を受けていることがよく見て取れた。患者は症状の原因を12年前の交通事故で額の左側を打ったためだと考えることが多かった。事故の日に他院で撮った頭部CTでは、軟部組織の血腫があったが、頭蓋骨骨折や急性頭蓋内合併症はなかった。その病院で頭部CTを何回かフォローしたが問題はなかった。

 外来で、患者の血圧をリシノプリルとヒドロクロロチアジドでコントロールすることにした。BHCHPとマサチューセッツ精神健康課の助成金で治療を行うことができた。頭痛が継続するため頭部MRIを撮像したが正常であった。神経内科にコンサルテーションを行い、片頭痛としてトピラメート内服を開始した。患者は神経精神科的検査を拒否した。HIV検査は陰性であった。TSHは正常であった。鉄とヘマトクリットは、月経過多に対する鉄剤補充療法により正常化した。セリアック病の血清学的検査は陰性であった。何とかパパにコロー検査を受けてもらい、結果は陰性であった。推奨されているワクチンは接種した。

 私は、診察のほとんどを患者の話を聞くことに費やし、ラポールを形成しナラティブを理解するよう気を配った。精神病の症状は強かったが、患者はそのことを問題だとあまり思っていなかった。読んでいるスピリチュアルの本の一節を私に見せながら、自分は統合失調症でないと訴えた。そこにはLily Tomlinからの引用があった:「神と話しているとそれは祈りなのに、神に話しかけられたら統合失調症だといわれる筋合いはない。」

 19回目の診察で、患者は初めて認知機能の症状で悩んでいると言った。記憶力低下と読字、計算、思考、集中の困難を症状として挙げた。このような症状をよくするために薬剤を使ってはどうかと提案したが、患者は断った。以降6か月にわたり、私ののんびりした外来を頻回に受診してもらいながら、内科的疾患について話し合うのと並行して、抗精神病薬を試してみないかと優しく繰り返し説明した。33回目の受診で、患者はオランザピンを少量から始めてみることに同意した。それから、患者のことをよく知っているBHCHPとこの病院の精神科医と協力して、彼女に薬剤を処方した、数か月かけて用量を徐々に増やしていくことで、幻覚や妄想といった陽性症状が徐々に改善していった。患者は徐々に施設外からきている精神科医の診察を受け入れるようになった。その精神科医は患者のことを前からよく知っていた。オランザピンによる体重増加と鎮静が見られたので、私はその精神科医とともに、治療薬をルナシドンに徐々に変更していった。患者は現在グループホームにおり、私の定期的なプライマリケアを今も受けている。