物質使用障害はSDHと大きな関係があり、特にアメリカやカナダなどでは、薬物使用について、ハームリダクションの施策がとられるようになってきています。
たとえば、注射針を安全に捨てることができるゴミ箱を街中に設置したり、医療者の監視のもと安全に薬物を使用できる場所(safe consumption sites:SCS)を設けたりしています。
日本の従来型違法薬物対策(「ダメ、ゼッタイ」)は効果が乏しい、場合によればむしろ逆効果であることが分かっており、ハームリダクションに基づくアプローチについて実践と研究が進んでいますが、とはいえ特に国内では、違法薬物を安全に使うことができる場を設けることで急性中毒や感染症のリスクを下げようという取り組みは、なかなか進めづらい現状があると思っています。おそらく諸外国でも多かれ少なかれ同様でしょう。
この論文は、無認可(!)のSCSが違法薬物利用者の健康アウトカムにどのような影響を与えるのかを、前向きコホート研究で調べたものです。
2014年末に、アメリカの非公開の場所にある組織が無認可のSCSを開設しました。
このSCSでは、利用者は事前に入手している薬物を持参して、注射することができます。
訓練されたスタッフが駐在しており、監視やナロキソンの投与をすることができます。
その無認可SCSの周りに居住する、違法薬物注射を行った人をリクルートしました。
(よくリクルートできたなと驚いてしまいます)
そして、2018年から2020年にかけて、ベースラインと6カ月、12カ月目にそれぞれ面接を行い、患者の状況のデータを取得しました。
当然、介入研究が行えるわけではないので、前向きコホート研究です。
ただし、傾向スコアマッチングを用いて、準実験的に因果関係の推論ができるようにしています。
合計494名が研究に参加しました。うち59名(12%)が少なくとも一度はSCSを使用していまいた。
解析の結果、SCSを使用した人は、救急部を受診する可能性が27%低く、救急受診の回数が54%少なく、入院が32%少なく、入院日数が50%少ないことが分かりました。
また、有意ではないものの、SCS使用者は過剰摂取の可能性が低く、皮膚・軟部組織感染の可能性がわずかに高いことが示されました。
筆者たちは、SCSの利用により、違法薬物注射に関連する急性期医療サービスの利用負担の増加を軽減することができる、と述べています。
無認可のSCSの効果を測定するというchallengingな論文ですが、このようなエビデンスの積み重ねが、より公正で健康な社会を構築するのだと思います。