2017年10月29日日曜日

ジェネラリストアプローチ( part 2: last)


統合されたケアについて勉強する中で出会ったEditorialです.
院内で共有するため全訳しましたので,掲載します.
part 2です.症例の解説です,


The Generalist Approach




ジェネラリストアプローチ
JimDorisにはジェネラリストが必要だった.自分たちのことをよく知っていて,医学的にも感情の面でも必要なものをそろえる手助けができるジェネラリストである.健康と病気の境界面を解釈して見届け,必要に応じて焦点を絞った治療に結び付けるジェネラリストである.必要とされたのは,プライマリケアの鍵となる各側面,つまり初診のアクセス,包括的アプローチ,協働,そしてケアの個別化であった.ジェネラリストのしくみの中で専門領域の知識技術を活用する専門家も必要であった.そして,このような原理に価値を認めて基づいているヘルスケアシステムが必要であった.
ジェネラリストアプローチには,存在と知のあり方として根本的に重要なものが含まれている.これは,私たちが複雑な状況における現在の見方,やり方では価値あるものとみなされないことが多いものである.そのような複雑な状況としては以下が挙げられる.
・過渡期と不安定な時期
・多義性と多様性がある環境
・関係性や個別化が重要になる状況
・相互関連性や複雑性が非常に高いシステム
・強固に関連する出来事と緩く関連する出来事の双方が時間とともに見えてくるような状況
・個々の集合では全体には及ばないような状況.
わかりやすい問題が明瞭な解決策で対応できるときは,焦点を狭く絞ったアプローチが望ましい.しかし,数多くの問題が人生の中に織り込まれているようなときは,ジェネラリストアプローチが不可欠となる.
ジェネラリストアプローチには以下の事柄が含まれる:全体に注意を払いながら個別の問題に取り組む.関係性を維持することでつながり続ける.その時々の情報に立脚しながら幅広い知識の基盤を持つ.全体を一通り評価し優先順位を付けた後に,最も意義のある点に焦点を絞る.普遍性と個別性の間を行き来する.
 ジェネラリストアプローチは個人,地域,そして総体の秩序とつながっているという認識に根差している.単に分野や専攻の1つなどではない.存在,知,認識,思考,行動それぞれのあり方がしっかり定まっており広く応用できるものでなくては実践できないものである.このようなあり方は表1のとおり要約される.以下で解説する.

存在のあり方
ジェネラリストの存在のあり方には,開かれた姿勢,謙虚さ,鍵となる関係性を介してのつながりが挙げられる.個人及び集団がジェネラリストの英知を知り,認識し,それに従って行動し始める準備ができる前に,このような特性がすでに発達していなければいけない.またこの特性は,個人を結合しコミュニケーションを涵養するシステムが下支えしていなくてはいけない.
診察室にパッと入りJimの筋ひきつれを診察したときに,私は開かれた姿勢を持とうと強く意識していた.多少不可解な点が残っているのに簡単な説明に逃げてしまったときのことを思い出すことで,常に謙虚な気持ちでいることができる.謙虚さにより常に開かれたままでいられる.自分は各個人がつながりあって作られた全体の一要素でしかないと認識することも開かれたままでいるためには重要だ.ジェネラリストの方法を実践するためには,つながっているということが不可欠である.他者とこのようにつながることにより,全体を視野に入れて,自分は全てを知っているわけではないと認識するという不確実性に立ち向かうことができるようになる.

知のあり方
ジェネラリストの知のあり方とは,ジェネラリストの役割をより高い水準で達成するために社会や個人がどのような準備をすればよいのか,ということである.この訓練には,幅広い知識だけではなく特定の能力も持ち合わせるようにすることが含まれるし,自分自身や他者,自分たちが動く場のシステム,自然世界,そして相互関係のあり方について知ることも含まれる.
大学生は,専攻したトピックについて狭く深い知識を得て,アート,サイエンス,人間性について学ぶ際に,ジェネラリストの訓練を受ける.一方,小学校が児童それぞれの発達と能力獲得を涵養することより均一な試験を作成することを重要視してしまったら,いままさにジェネラリストの知のあり方が花開くのを邪魔してしまうことになる.学習者と実践家は,意味のある状態を作り出すために,各自の分野の基本的な情報に加え,幅広い知識が必要である.つながりを探すことで知識は英知になる.
 Jimの診療を行うためには,スペシャリストも私もある特定の医学的知識を要した.外科医には2つの胸部疾患の危険性を重みづけすることと,食道がんを安全に除去する専門技術が必要であった.手術を追加するより化学療法を先に行う方が良い結果が得られることを示すデータは,早い段階でがん専門医に関わってもらうために必要であった.私はジェネラリストとしてJimをまわりの家族や地域社会で暮らす個人として知る必要があった.自分自身を知り,予定通りことが進まないと深い仕事ができなくなってしまいがちであることを知る必要があった.ヘルスケアシステムの知識と省察された生の経験が,このような分野が互いにどのように関連しているのかについての先行研究とあわせて,私には必要であった.

認識のあり方
ジェネラリストの認識のあり方の中には,ジェネラリストアプローチのコアである,統合された観点がある.加えて,その場全体を見て取るために網羅的な確認をする,最も重要なものを優先する,そして最も優先順位が高いものに注力することも含まれる.
ジェネラリストの認識には,全体を眺めながらも重要な要素に集中するために五感全てを活用することが挙げられる.情報システムはこのような認識を下支えすることができるのかもしれないが,現時点ではほとんどの場合,優先度を無視した入力指示とノイズという不協和音を付け足すのみである.
Jimの場合,痛みの原因として最も可能性の高いものに焦点を絞った.活動的な退職者が背中の痛みを訴え,筋の引きつれが診察でわかるなら,それは大抵の場合,筋の損傷である.ただし,良くならない場合,増悪緩解を繰り返す場合,なんか変だと思う場合は,できるだけ幅広いレンズを持つことが重要である.Jimにかかわるスペシャリストは,専門分野の知識や技術が問題と密接に関連しているほど,より力を発揮できる.スペシャリストが専門を駆使すれば,私もジェネラリストとして存分に振舞える.単一の特定分野を極めている専門家は,ジェネラリストの役割を補完するが,より効果的な診療を行うには,双方とも網羅的な確認と優先順位の設定が必要である.両者の差異は,関係の深さ,知識の基盤,視野の広さである.

思考と行動のあり方
ジェネラリストの思考と行動のあり方は,優先順位がついて統合された行動につながる.このような行動は,その時の状況において最も重要な箇所に関与することから起こる.幅広さと深さ,主観と客観,行動と省察を反復する(行ったり来たりする)ことが肝である.反復はジェネラリストの方法の鍵となる機能である.
ジェネラリストのやり方として,低水準の業務を多く行うことで高度に統合された行動がのちのち可能となるということが時にある.Jimの背中の痛みが始まる何年も前から,血圧を測定し,良好な血圧の維持と毎日薬剤を飲むことのわずらわしさの間を取りながら薬剤を調整し,もっと運動をしたほうが良いと勧めてきたが,これらは全て,疾患を超えた人としてのかかわりが教えてくれる人生の物語を少しずつ拾い集めることになっていた,関節炎の治療と一口に言っても,運動をDorisと共に行う毎日のルーチンの1つにすること,薬剤を調整すること,関節置換術をいつ考慮するか決める手助けをすることが含まれている.このような小さな取り組みが時間を経て相互の知識と信頼を構築していたからこそ,CT検査をして正解だったという時に,事態に対処するだけの豊かな関係性がすでに存在していたのである.このような付加価値は,ヘルスケアシステムではたいてい可視化されないが,ヘルスケアシステムがジェネラリストの原理に立脚している社会が費用をかけずに公平な社会と良好な公衆衛生を達成できる理由の多くはこの付加価値にある,
 ジェネラリストの思考と行動のあり方は,常につながりを探求する.このあり方はチームを対象とすることが多くなってきたが,効果的にするには,関係性の分散ではなく個人間のつながりを涵養するチームを対象としなくてはいけない.部分(情報の切れ端やチーム)を意味のある全体に統合することが対象になる. It is about putting a larger good and the other person before the wants of the self. 個人と家族,そして地域社会に足をつけ,世界を統合された全体として認識することで,つながりを作ることが可能となる.ジェネラリストアプローチは愛を可能にする.

もうちっとだけ続くんじゃ
 ある日の朝早く,Dorisが起きたらJimがとなりのベッドで身震いしており,それから動かなくなり意識がなくなった.私の家に電話がかかってきたが,あいにくロンドンに学会に行っており留守だった.
私の妻がDorisに救急車を呼ぶよう伝えた.もし自分があの時その場にいたら,もう臨終だと伝え,この後待ち構えていることを避けられたのかもしれないと今でも思ってしまう.私がいない間に,Jimは胸骨圧迫を受け,人工呼吸器につながれていた.急を要する状態だったので,救急隊員は最寄りの病院に搬送したが,そこで私の代わりとなった医師は今までかかわったことがない者であり,Jimのことを知るものはいなかった.
 動脈瘤破裂でこのようなことがいつか起こるだろうと何年も思われていたが,CT検査では血管外リークはなかった.動脈瘤は無事だった.ただしJimは無地じゃなかった.集中治療専門医は神経専門医にコンサルトし,Jimは脳死状態であると宣告された.知っている人が一人もいない状況で,Dorisと子どもたちはJimの生命維持装置を外す決断をし,Jimは亡くなった.

私たちができること
昔から知られてきたが忘れられがちなジェネラリストの英知の真実を真剣に検討したらどうなるのであろうか.どのようにシステムを再設計するだろう.どのように報酬体系を変革するだろう.どのように関係性,チーム,トレーニングを再検討するだろう.どんな支援テクノロジーを構築するだろう.どんな種類の取り組みを自分の内面で起こすだろう.今できることは何か.
 私たちは,すべての人の健康を向上させることをヘルスケアシステムの目指すところに再び設定することができる.健康を向上させる方法はプライマリケアシステムを基盤にすることであることを示す確固たるエビデンスがある.つまり初診のアクセス,包括的アプローチ,ケアの個別化と協働が確立して,ジェネラリストとの継続的な関係をもとにして,必要に応じて特定の領域に絞った治療を受けられるようにすることが大事である.米国では,上記の方法をとるためには,プライマリケアチームの役割拡大に対して労働力,償還制度,支援システムを再構築する必要がある.ジェネラリストとプライマリケア施設がもう一度,情報社会においてジェネラリストの根本の再定義に取り組む必要がある.お題目ではなく個人と社会に対するより大きな責任として,プロフェッショナリズムを再度生み出す必要がある.公衆衛生を再構築し,プライマリケアの強固なインフラとの新しいつながりを作り出す必要がある.そして,スペシャリスト,ジェネラリスト,公衆衛生従事者,そして国民が,健康を促進するために各々ができる最善のことを成し遂げるように全体の指揮を執る必要がある.
 私たちは,医療産業を勢いづかせるのではなく健康を増進する方向に力を合わせることができる.教育,環境,維持可能な経済発展,プライマリケア,公衆衛生にもっと資源と投入することができる.社会にとって良いことは逆説的に個々人を利することにもなるが,そのような事柄に焦点を当て続けることで勝ち組と負け組の対立に介入することができる.継続的な関係においてケアの統合を支援する人間のシステムと技術のシステムを発展させることができる.
 私たちは,疾患管理を細分化するのではなくケアの統合と優先順位付けを涵養する情報システムを発展させることができる.個別化された医療は,その人の遺伝子を知るだけでは不可能であり,関係性を構築することが必要である.
私たちは,共通性を認識することができる.一部の患者にはあまりにも高額で細分化された産業的医療を提供し,他の患者には基本的なケアをほとんど行わないようなことをすれば,私たち全員が滅びることを,深く心にとめることができる.複雑な問題に対し,即効性があり痛みを伴うこともない解決策が存在すると簡単に信じてしまわないようにすることができる.初期条件がそれぞれ違うのだから,実行可能なシステムは状況により様々なのだと知ることで,自分たちが今いるところから希望を持って出発することができる.リーダーの中から誠実で率直な語りと行動をとるものを称えることができる.システムの機能不全を助長する了見の狭い私利私欲に立ち向かう勇気を養うことができる.すぐには表れないが長い目で見ればこちらのほうが良いということを進んで行うことができる.自分とは違う個人や集団,そして社会との関係性を形作っていき,地域社会の意味を広げていくことができる,
個人として,集団として,システムとして,社会として,謙虚に,つながりをもって,開いている存在でいようとすることができる.その時々の経験に立脚しながら幅広い知識の基盤を探索するようにしなさい.全体を一通り評価し,優先順位を付け,全体を視野におさめながらも最も重要な点に焦点を絞ることで,統合を涵養するようなやり方で認識するようにしなさい.一見低水準だが関係性をはぐくむやり取りに意味づけを行うような,そしてより良いものを促進するために部分と全体を反復するようなやり方で思考し行動するようにしなさい.
 このようなジェネラリストアプローチは,手ごわいが達成可能なものである.私たち全員にこの道は開かれている.


2017年10月26日木曜日

ジェネラリストアプローチ(part 1)


統合されたケアについて勉強する中で出会ったEditorialです.
院内で共有するため全訳しましたので,掲載します.
まずはpart 1.症例の提示です,


The Generalist Approach
Kurt C. Stange, MD, PhD


この記事は,統合され,個別化された,価値の高いヘルスケアを実行する方法を述べたシリーズの第2部である.第一部では断片化fragmentationについて概説した.次回はプライマリケアのパラドックスについて明らかにする.この記事では,ジェネラリストアプローチgeneralist approachという英知について具体例に基づいて説明する.この英知は,深い洞察が得られているのに,断片化された現在の産業的医療ではよく見逃されてしまうものである.

真実の物語
ドア越しに聞こえてくる叫び声に招かれて,私は次の患者が待つ診察室に入った.
「いたい!そこだ!この痛みがずっと続いているんだ.」
Jim Bauerは背中の上の方を指さしており,傍らには妻のDorisがいた.2週間前,筋のひきつれだと診断し,イブプロフェン定期服用の処方と理学療法の予約を3枠取ったのだが,まったく良くなっていない.
「そこだ,ちょうどそこが痛いんだ」
指先に硬い隆起が触れる.筋は本来もっと柔らかいはずだが,これは骨みたいに硬い.以前受傷して硬くなったところがひきつれているようだ.Jimは数週間前から庭いじりをしており,それで菱形筋を痛めた可能性が最も高い.
 自然と手つきが診断から治療へと瞬時に切り替わり,手のひらや掌底をつかって筋をほぐしていく.最初は優しく,次第に強く,筋全体に力が分散するように.音楽のクレッシェンドのイメージだ.
 「ああ,痛い痛い!」
どうやら全く効いていないようだ.イメージは完璧なのに.
「ホットパックやイブプロフェン,ストレッチをして少しは効きましたか.」
「いいや,全く.壁にもたれかかると時々痛みが消えるけど,それ以外は効果なしだよ.」
 庭いじりをいったんお休みし,お気に入りのボートで遊覧することも止めてしまったのだからに,本当に痛みがつらいのだろう.
「もしよければ,起きて壁にもたれてみましょう.」
ようやく痛みが治まり,和やかな顔になった.
視点を変え,解剖学的に考えてみる.この部位にはなにがあるのか?答えはたくさんある.筋,骨,脊椎,神経,心臓,肺,食道.症状をすばやく確認し,これらの臓器についてさらに診察を行ったが,なにも見つからなかった.
幸運にも,容疑のかかっている臓器すべてに専門家がいる.理学療法士はすでに筋の治療を行っている.整形外科医は脊椎または肩甲帯の問題を調べてくれるだろう(クリーブランドでは,脊椎専門の整形外科医と肩専門の整形外科医がそれぞれいる).循環器科医は心臓と心膜を診察するし,呼吸器科医は肺の問題があるかを診て,問題がなければまた私のところに戻してくれるだろう.消化器科医は喜んで内視鏡で食道と胃を見てくれるに違いない.
私は困っており,誰かにすがりたい気持ちだ.しかし,上述した専門医のだれかに専門領域の問題がないか診てもらい,私が見当外れなら「うちの科じゃない」と返事が返ってくるというのは,あまり良い選択肢とは思えない.
 「うーん,Jim,やっぱり私には筋のひきつれのように思えます」
「僕もそう思うよ.」不機嫌そうに答え,しかめ笑いを浮かべたJimをみて,私はとりあえず満足し,Dorisも胸をなでおろした.
「そうですね.でも今よりかは良くなってくると思います.もう少し詳しく調べるので,それまでは今の治療を続けましょう.」
私は胸部CT検査を受ける手続きをDorisに伝えた.背部痛と筋のひきつれは家庭医診療ではよくあることだ.しかし,Jimを長年知っている身としては,なにか変だと感じていた.
 一週間後,放射線科医がわざわざやって来て,CT検査をして正解だったなと伝えた.私はJimに電話をして,夕食後にCTの画像を持っていてもいいか聞いた.玄関までの足取りは重かった.JimDorisは網戸越しに私を眺め,CTの画像が入った大きなフォルダーに目をやっていた.おでましのあいさつは必要なかった.
私はX線の画像を光にかざして,丸く白いかたまりを指し示した.大動脈が心臓から頭に向かった後に方向を変え少し下行したところで拡大していた.直径は7cmあり,破裂予防の手術をする基準として通常用いられる6cmをすでに超えていた.
Jim
は,Dorisの肩に手を置いて結果を聞いていた.他にも何か問題があるのか尋ねるべきだと直感が告げていた.
 「実は,左の腎臓に3cmくらいのこぶがあります.偶然見つかったものです.肺の一番下を撮るときに腎臓の先が写りこむことがあって,放射線科医が気づいたのです.」
「それは何だい?」
「このようなこぶは腎癌だと判明することがほとんどです.痛みとは関係がないと思いますが,いずれにせよこの腎臓は摘出することになるでしょう.腎臓は1つだけでも体に問題はありません.」
Doris
は震えながらたずねた「何をすればよいのでしょうか?」
覚悟をきめて告げた「まだあるのです.食道の壁が厚くなっています.中を覗いてみる必要があると考えます.背中の痛みを起こしてもおかしくない場所にあります.」
「こっちはいったい何なんだ?」Jimは境界の不明瞭な灰色の領域を見つめていた.
「おそらくここにも癌があります.」
Jimは座り込んだ.Dorisは椅子をJimに近づけ,ごつごつした手を自分の両手で包み込んだ.「何をすればよいのでしょうか?」Dorisが再度たずねたときは,声の震えも手の震えも,もう止まっていた.
 私は状況を整理した.「まず,もっと情報が必要です.背中の痛みの原因になりそうなものが2つ見つかりました.痛みは筋のひきつれによるものだという考えに変わりはありません.しかし,ひきつれの原因は庭いじりを頑張りすぎたからではなくて,大動脈瘤または食道の肥厚によるものなのかもしれません.この肥厚が何なのか明らかにする必要があります.」
 「わかりました」JimDorisは同時に答えた.
「消化器内科医に食道を調べてもらえるようにします.動脈瘤についてアドバイスをもらえるように胸部外科医の診察も受けてもらいたいです.検査結果と治療推奨を私たち全員が知ることができるように話をつけておきます.理学療法士にも連絡をしておきます.トレーニングはつづけたほうが良いでしょうし,筋のひきつれの原因となりそうなものが2つあると解れば,別の治療があるかもしれません.」
「腎臓のこぶはどうしたら?」とDorisが尋ねた.
「しばらくはそのままでもよいでしょうが,いずれ泌尿器科医に紹介することになります.腎臓以外のことで手術を受ける必要があれば,泌尿器科医も同時に腎臓のことで力になってくれるでしょう.」
 「それともう一つ.動脈瘤があるため,血圧をもっと低くする必要があります.それに,血圧を低くすれば背中の痛みも良くなるかもしれません.もしそれで改善すれば,動脈瘤が痛みを引き起こしていたということになります.」
それから3年にわたり,消化管専門医による食道がんの診断,腫瘍科医による化学療法,胸部外科医による食道切除術をJimが適切に受ける手助けをした.同時に,JimDoris,胸部外科医と,動脈瘤の手術を受ける利点と欠点を比較検討した.その結果,手術による死亡リスクと,動脈瘤から脊髄に向かう血管の破綻により麻痺が残るリスクを考慮して,すぐには手術を行わないことにした.化学療法と胸部手術から回復してから,泌尿器科医の診療を段取りし,癌のある腎臓は摘出された.食道切除後に胃を吊り上げてのどの後方に縫合した痕が肥厚するために飲み込みにくさを訴えることもしばしばあった.そのたびにJimに消化管専門医のところに行き拡張術をうけてもらった.ひどい胃酸逆流があるのも驚くことではなかった.万策手が尽き,カナダに住むJimの息子に,アメリカではまだ手に入らない消化管専門医お勧めの新薬を調達してもらった.効果は上々であった.動脈瘤破裂の危険を最小限にするために,薬剤を複数用いて血圧を下げ,ふらつきがでたら薬を減らし,可能な限り血圧を低く保つようにした.高血圧切迫症に陥り背中が不気味なほど痛くなったために入院させたことも2回あった.その際には外科医に相談し,手術は必要ないことを確認した.

私はJimが自分の希望を生前意思にまとめる手助けをした.そして,Dorisが夫の病気から受けている影響を考慮し,糖尿病,高血圧,甲状腺機能低下症,関節炎の管理に合わせて,不安症と不眠の治療も統合して行った.不安症,不眠,関節炎の痛みに対しては,それぞれ別々の薬を使うのではなく一つの薬剤にまとめて,できる限りで薬を飲むのではなく生活習慣を改善してもらうようにした.Jimの血圧が徐々に上昇したときは,Dorisが良い方向に変わる良い機会になった.一緒に毎日歩くようになったことで二人とも血圧と関節痛がよくなり,Dorisは以前ほど薬を必要としなくなった.二人で歩く時間は,Jimの病気から,そして今や終わりがみえてきた二人一緒に歩んだ長い人生から,何らかの意味を見つけ出すための静かな時間にもなった.

2017年10月11日水曜日

胸膜痛について


胸膜痛ではまず肺塞栓を除外せよという強いメッセージを感じます.

Pleuritic Chest Pain: Sorting Through the Differential Diagnosis
Am Fam Physician. 2017 Sep 1;96(5):306-312.

胸膜性胸痛の特徴は,呼吸時に生じる突然かつ強い胸痛で,鋭い,または刺すような,または焼けるような痛みと表現される.最も高頻度かつ重篤な原因は肺塞栓であり.胸膜性胸痛で救急を受診する患者の5-21%を占める.肺塞栓に関し妥当性が確認された臨床決断ルールを適応することで,Dダイマー測定,肺換気血流スキャン,CTアンギオグラフィーといった追加の検査を行うかどうかの参考となる.他の重篤な疾患としては,心筋梗塞,心膜炎,大動脈解離,肺炎,気胸があり,上記疾患以外の診断を下す前に,病歴と身体診察,心エコー,トロポニン測定,胸部レントゲンを用いて除外すべきである.冠動脈疾患を除外するのに有用な,妥当性が確認された臨床決断ルールを用いることができる.胸膜性胸痛を引き起こす最多の要因はウイルスである.病原としてよくみられるものに,コクサッキーウイルス,RSウイルス,インフルエンザ,パラインフルエンザ,ムンプス,アデノウイルス,サイトメガロウイルス,EBウイルスがある.胸膜性胸痛の治療は原因疾患の治療に準じる.ウイルス性または非特異的な胸膜性胸痛の場合は,疼痛コントロールとしてNSAIDsが適している.症状が持続する患者,喫煙者,肺炎のある50歳以上の患者では,初期治療から6週後に再度胸部レントゲンを撮影し,画像上の改善を確かめることが重要である.