2017年10月26日木曜日

ジェネラリストアプローチ(part 1)


統合されたケアについて勉強する中で出会ったEditorialです.
院内で共有するため全訳しましたので,掲載します.
まずはpart 1.症例の提示です,


The Generalist Approach
Kurt C. Stange, MD, PhD


この記事は,統合され,個別化された,価値の高いヘルスケアを実行する方法を述べたシリーズの第2部である.第一部では断片化fragmentationについて概説した.次回はプライマリケアのパラドックスについて明らかにする.この記事では,ジェネラリストアプローチgeneralist approachという英知について具体例に基づいて説明する.この英知は,深い洞察が得られているのに,断片化された現在の産業的医療ではよく見逃されてしまうものである.

真実の物語
ドア越しに聞こえてくる叫び声に招かれて,私は次の患者が待つ診察室に入った.
「いたい!そこだ!この痛みがずっと続いているんだ.」
Jim Bauerは背中の上の方を指さしており,傍らには妻のDorisがいた.2週間前,筋のひきつれだと診断し,イブプロフェン定期服用の処方と理学療法の予約を3枠取ったのだが,まったく良くなっていない.
「そこだ,ちょうどそこが痛いんだ」
指先に硬い隆起が触れる.筋は本来もっと柔らかいはずだが,これは骨みたいに硬い.以前受傷して硬くなったところがひきつれているようだ.Jimは数週間前から庭いじりをしており,それで菱形筋を痛めた可能性が最も高い.
 自然と手つきが診断から治療へと瞬時に切り替わり,手のひらや掌底をつかって筋をほぐしていく.最初は優しく,次第に強く,筋全体に力が分散するように.音楽のクレッシェンドのイメージだ.
 「ああ,痛い痛い!」
どうやら全く効いていないようだ.イメージは完璧なのに.
「ホットパックやイブプロフェン,ストレッチをして少しは効きましたか.」
「いいや,全く.壁にもたれかかると時々痛みが消えるけど,それ以外は効果なしだよ.」
 庭いじりをいったんお休みし,お気に入りのボートで遊覧することも止めてしまったのだからに,本当に痛みがつらいのだろう.
「もしよければ,起きて壁にもたれてみましょう.」
ようやく痛みが治まり,和やかな顔になった.
視点を変え,解剖学的に考えてみる.この部位にはなにがあるのか?答えはたくさんある.筋,骨,脊椎,神経,心臓,肺,食道.症状をすばやく確認し,これらの臓器についてさらに診察を行ったが,なにも見つからなかった.
幸運にも,容疑のかかっている臓器すべてに専門家がいる.理学療法士はすでに筋の治療を行っている.整形外科医は脊椎または肩甲帯の問題を調べてくれるだろう(クリーブランドでは,脊椎専門の整形外科医と肩専門の整形外科医がそれぞれいる).循環器科医は心臓と心膜を診察するし,呼吸器科医は肺の問題があるかを診て,問題がなければまた私のところに戻してくれるだろう.消化器科医は喜んで内視鏡で食道と胃を見てくれるに違いない.
私は困っており,誰かにすがりたい気持ちだ.しかし,上述した専門医のだれかに専門領域の問題がないか診てもらい,私が見当外れなら「うちの科じゃない」と返事が返ってくるというのは,あまり良い選択肢とは思えない.
 「うーん,Jim,やっぱり私には筋のひきつれのように思えます」
「僕もそう思うよ.」不機嫌そうに答え,しかめ笑いを浮かべたJimをみて,私はとりあえず満足し,Dorisも胸をなでおろした.
「そうですね.でも今よりかは良くなってくると思います.もう少し詳しく調べるので,それまでは今の治療を続けましょう.」
私は胸部CT検査を受ける手続きをDorisに伝えた.背部痛と筋のひきつれは家庭医診療ではよくあることだ.しかし,Jimを長年知っている身としては,なにか変だと感じていた.
 一週間後,放射線科医がわざわざやって来て,CT検査をして正解だったなと伝えた.私はJimに電話をして,夕食後にCTの画像を持っていてもいいか聞いた.玄関までの足取りは重かった.JimDorisは網戸越しに私を眺め,CTの画像が入った大きなフォルダーに目をやっていた.おでましのあいさつは必要なかった.
私はX線の画像を光にかざして,丸く白いかたまりを指し示した.大動脈が心臓から頭に向かった後に方向を変え少し下行したところで拡大していた.直径は7cmあり,破裂予防の手術をする基準として通常用いられる6cmをすでに超えていた.
Jim
は,Dorisの肩に手を置いて結果を聞いていた.他にも何か問題があるのか尋ねるべきだと直感が告げていた.
 「実は,左の腎臓に3cmくらいのこぶがあります.偶然見つかったものです.肺の一番下を撮るときに腎臓の先が写りこむことがあって,放射線科医が気づいたのです.」
「それは何だい?」
「このようなこぶは腎癌だと判明することがほとんどです.痛みとは関係がないと思いますが,いずれにせよこの腎臓は摘出することになるでしょう.腎臓は1つだけでも体に問題はありません.」
Doris
は震えながらたずねた「何をすればよいのでしょうか?」
覚悟をきめて告げた「まだあるのです.食道の壁が厚くなっています.中を覗いてみる必要があると考えます.背中の痛みを起こしてもおかしくない場所にあります.」
「こっちはいったい何なんだ?」Jimは境界の不明瞭な灰色の領域を見つめていた.
「おそらくここにも癌があります.」
Jimは座り込んだ.Dorisは椅子をJimに近づけ,ごつごつした手を自分の両手で包み込んだ.「何をすればよいのでしょうか?」Dorisが再度たずねたときは,声の震えも手の震えも,もう止まっていた.
 私は状況を整理した.「まず,もっと情報が必要です.背中の痛みの原因になりそうなものが2つ見つかりました.痛みは筋のひきつれによるものだという考えに変わりはありません.しかし,ひきつれの原因は庭いじりを頑張りすぎたからではなくて,大動脈瘤または食道の肥厚によるものなのかもしれません.この肥厚が何なのか明らかにする必要があります.」
 「わかりました」JimDorisは同時に答えた.
「消化器内科医に食道を調べてもらえるようにします.動脈瘤についてアドバイスをもらえるように胸部外科医の診察も受けてもらいたいです.検査結果と治療推奨を私たち全員が知ることができるように話をつけておきます.理学療法士にも連絡をしておきます.トレーニングはつづけたほうが良いでしょうし,筋のひきつれの原因となりそうなものが2つあると解れば,別の治療があるかもしれません.」
「腎臓のこぶはどうしたら?」とDorisが尋ねた.
「しばらくはそのままでもよいでしょうが,いずれ泌尿器科医に紹介することになります.腎臓以外のことで手術を受ける必要があれば,泌尿器科医も同時に腎臓のことで力になってくれるでしょう.」
 「それともう一つ.動脈瘤があるため,血圧をもっと低くする必要があります.それに,血圧を低くすれば背中の痛みも良くなるかもしれません.もしそれで改善すれば,動脈瘤が痛みを引き起こしていたということになります.」
それから3年にわたり,消化管専門医による食道がんの診断,腫瘍科医による化学療法,胸部外科医による食道切除術をJimが適切に受ける手助けをした.同時に,JimDoris,胸部外科医と,動脈瘤の手術を受ける利点と欠点を比較検討した.その結果,手術による死亡リスクと,動脈瘤から脊髄に向かう血管の破綻により麻痺が残るリスクを考慮して,すぐには手術を行わないことにした.化学療法と胸部手術から回復してから,泌尿器科医の診療を段取りし,癌のある腎臓は摘出された.食道切除後に胃を吊り上げてのどの後方に縫合した痕が肥厚するために飲み込みにくさを訴えることもしばしばあった.そのたびにJimに消化管専門医のところに行き拡張術をうけてもらった.ひどい胃酸逆流があるのも驚くことではなかった.万策手が尽き,カナダに住むJimの息子に,アメリカではまだ手に入らない消化管専門医お勧めの新薬を調達してもらった.効果は上々であった.動脈瘤破裂の危険を最小限にするために,薬剤を複数用いて血圧を下げ,ふらつきがでたら薬を減らし,可能な限り血圧を低く保つようにした.高血圧切迫症に陥り背中が不気味なほど痛くなったために入院させたことも2回あった.その際には外科医に相談し,手術は必要ないことを確認した.

私はJimが自分の希望を生前意思にまとめる手助けをした.そして,Dorisが夫の病気から受けている影響を考慮し,糖尿病,高血圧,甲状腺機能低下症,関節炎の管理に合わせて,不安症と不眠の治療も統合して行った.不安症,不眠,関節炎の痛みに対しては,それぞれ別々の薬を使うのではなく一つの薬剤にまとめて,できる限りで薬を飲むのではなく生活習慣を改善してもらうようにした.Jimの血圧が徐々に上昇したときは,Dorisが良い方向に変わる良い機会になった.一緒に毎日歩くようになったことで二人とも血圧と関節痛がよくなり,Dorisは以前ほど薬を必要としなくなった.二人で歩く時間は,Jimの病気から,そして今や終わりがみえてきた二人一緒に歩んだ長い人生から,何らかの意味を見つけ出すための静かな時間にもなった.