2017年1月24日火曜日

米国での貧困と子どもの健康(part 1)



何回かに分けて,Poverty and Child Health in the United Statesを翻訳します.

米国小児科学会(American Academy of Pediatrics:AAP)が
2016年3月に公表したポリシーステートメントです.
Pediatrics. 2016;137(4):e20160339


米国と日本では社会情勢も医療システムも異なりますが
科学的根拠に基づきながら
子どものため家族のため社会のために
子どもの貧困に真正面から取り組む
米国小児科学会の姿から学ぶものは多いはずです.


小児科研修中に指導医から訳すよう依頼されたことがきっかけです.
趣味と実益を兼ねているのでありがたいです.


Poverty and Child Health in the United States


【要約】

米国の小児の約半数が貧困かそれに近い状態で生活している.米国小児科学会は,米国における子どもの貧困を減らし最終的には根絶する取り組みを行っている.貧困ならびに関連する健康の社会的決定要因は,身体的健康,社会経済学的発展,教育上の達成に悪影響を与えることで,小児期だけでなく生涯にわたって健康に有害な結果を引き起こしうる.米国小児科学会は,貧困の中で生活する子どもと家族の生活の質と健康状態を改善することが示されているプログラムや施策を提言している.貧困が子どもに与える影響に気付き理解することで,小児科医や家族中心メディカルホームの小児に携わる専門家は家族の経済的安定,社会資源の利用,地域社会の構成員と協働したケアについて評価することができる.研究,提言,継続した教育がさらに進むことで,小児科医は貧困の中で生活する子どもをケアする際に健康の社会的決定要因に目をつけ活用することがますますできるようになる.このポリシーステートメントに付随する形で,子どもの貧困と,子どもが健康で元気でいることに貧困が影響を及ぼす機序について現在分かっていることを記した技術的レポートも掲載した.


【略語一覧】 (訳注:MIECHV,VIPは定訳がないため訳語は訳者による)

AAP:米国小児科学会(American Academy of Pediatrics)
CHIP:児童医療保険プログラム(Children's Health Insurance Program)
EITC:給付付き勤労所得税額控除(earned income tax credit)
FCMH:家族中心メディカルホーム(family-centered medical home)
FPL:連邦貧困水準(federal poverty level)
MIECHV:母子訪問事業(Maternal, Infant, and Early Child Home Visiting)
SNAP:補助的栄養支援プログラム(Supplemental Nutrition Assistance Program)
SPM:補完的貧困値(Supplemental Poverty Measure)
TANF:貧困家庭一時扶助(Temporary Assistance for Needy Families)
VIP :ビデオ交流プロジェクト(Video Interaction Project)
WIC:女性,幼児,小児のための栄養支援プログラム
(Supplemental Nutrition Program for Women, Infants, and Children)



問題は何か

 貧困は健康の社会的決定要因として重要であり,子どもの健康格差の原因となる.貧困を経験した子どもはその後の生涯を通じて健康や発達が大いに損なわれる危険性があり,特に幼少期に貧困であったり長期間貧困であったりする場合に顕著である.貧困は,体重,乳児死亡率,言語発達,慢性疾患,環境暴露,栄養,外傷といった事柄一つひとつに重大な影響を与える.子どもの貧困は,有毒なストレス暴露により遺伝子機能や脳の発達にも影響を与える.この状態は「安定した応対関係が形成されていないために衝撃緩和機能が働かない状況下で生理的なストレス反応システムが過度に長期間活性化してしまう」という特徴がある.貧困の中で生きる子どもたちは,注意欠陥,衝動性,犯行,乏しい友達付き合いのように,自律や実行機能に関する障害の危険性が高くなる.貧困は子育てを難しくする.食事,エネルギー,交通,住居が不十分であるという懸念があれば特にそうである.

 子どもの貧困は,生涯を通じた困難を生み出す.発達面,心理社会面での問題は,当事者である子どもや家族にとってだけでなく,社会全体にとって重大な経済的重荷である.たとえば,高校を中退した子どもは10代で子を持つ割合,無職である割合,収監される割合が高くなるが,これらはすべて明白かつ重大な社会的,経済的コストである.子どもの貧困は神経内分泌の異常調節に関連しており,脳の機能を変え慢性的な心血管,免疫,精神疾患の発症の一因となっている可能性があることを示す研究がますます増えてきている.子どもの貧困があることで社会に課せられる経済的コストは,将来失われる生産性と公的支出の増加の予測から推定される.2008年以前に編纂された研究では,生産性の低下と犯罪対策やヘルスケアにかかる費用の増加によるコスト総額は年間約5000億ドルと算出された.機会のある青少年,つまり就職もせず教育も受けていない16歳から24歳の若者に関する他の研究でも同様の結果がでており,生涯にわたるコストは集団全体を総計すると数兆ドルになる.

 米国の子どもの貧困は,同様の資源がある国々のなかでトップクラスである.2012年の国際連合児童基金レポートでは,2007年から09年の大恐慌の只中または直後の期間で米国の子どもの貧困率はOECD加盟35カ国中34位であった.OECDの2014年のレポートでは,米国は40カ国中35位で,下にいるのはチリ,メキシコ,ルーマニア,トルコ,イスラエルだけであった.このポリシーステートメントは米国での子供の貧困を特に扱うが,世界中のあらゆる形態の貧困をなくすための2015年国連持続可能目標も反映している.