2016年11月23日水曜日

精神疾患患者の健康格差をなくすには(part 1)



最近のブログはもっぱらUnderserved populationについて
海外のarticleを翻訳して発信する,という内容になっています.


NEJMのMEDICINE AND SOCIETYに
3週連続でLisa Rosenbaumが精神疾患について寄稿しています.

そのうち,2週目のテーマが
「精神疾患患者はなぜ寿命が短いか」
であり,じっくり理解したい内容でしたので
いつものとおり何回かに分けて全文翻訳していきます.


Closing the Mortality Gap — Mental Illness and Medical Care
Lisa Rosenbaum, M.D.
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N Engl J Med 2016; 375:1585-1589


 Gail LevineはBoston's Brigham and Women's Hospitalの内科医であり,重度精神疾患の患者を熱心に診る医者である.初めて彼女と話した時に言われたことは,今でも心にぐさりと来る.当時,彼女は50歳代中頃の妄想型統合失調症の男性患者を受け持っており,私もその患者の治療にあたっていた.D氏は広範囲の心筋梗塞を発症し,少し前に入院となったのだが,血管再開通療法を拒否していた.全身状態はしばらく落ち着いていたのだが,ある日,呼吸困難を呈した.初期のタンポナーゼによる血行動態の破綻が見られた.D氏はからだに針を立てててほしくないとこれまで繰り返し主張していたので,心嚢穿刺を拒否するのではと心配していたが,Levineから電話がかかってきたのでほっと胸をなでおろした.

 私がこれまで重度精神疾患患者と交渉してきたその実績はあまり芳しいものではない.ついこの前,有症状の重度僧房弁閉鎖不全症がある比較的若年の統合失調症患者を担当していた時の話だ.手術適応例として申し分なかったが,私はその患者に血液検査すらさせてもらえなかった.手術なんてとんでもない.患者はいつもベッドに腰かけ,少し体を揺らしながら髪をとかしていた.質問しても答えることはなく,本当に気が向いた時しか検査に応じなかった.私はすぐに説得をあきらめてしまった.彼女ならではの理由があるはずだが,それを理解しようともしなかった.その代わり,患者に意思決定能力が欠落していることは明白だったため,裁判所任命の後見人を数か月かけてたてる手続きを始めることにした.これまで十分に苦しみぬいてきた患者の精神をさらにずたずたにしてもなお,我々は患者の心臓を救うべきなのか.私に課された決断は非常に困難なものだった.

D氏に関しては,そのような難しい決定を誰かに押し付ける時間的余裕はなかった.もしタンポナーゼに陥ったら,それが最期となってしまう.私はそんな結末を迎えたくないと思ったが,Levineは少し判然としない様であった.「知ってるでしょ.重度精神疾患の平均寿命は53歳だってこと.」これが判断を困らせる大きな理由の一つだ.医師は,精神疾患がある患者のQOLは完全に損なわれていると考える.患者の拒否を簡単に承諾するわけにはいかない


死亡率の格差

 ニューヨークの疫学者Benjamin Malzbergは1932年に,精神疾患がある人はない人と比べ,他の因子を調整した群どうしで比べても.寿命が平均して14-18年短いという研究結果を発表した.この死亡率の格差はいまも残存しており,下手すればもっと悪いことになっている.2006年のアメリカの研究では,その差は13-30年と推測される.さらにいえば,この格差は全世界に広がっている.事故や自殺といった「非自然的な」原因よりも,がんや心血管疾患といった医学的原因がこの格差に寄与している.最近になるまでこの不平等は無視され続けてきた.しかし,このような事態がまだ続いているのは単に注目されていないだけの問題ではない.明白なリスク因子の中には,すぐに解決できないものがある.重度精神疾患の患者は,喫煙,薬物乱用,運動不足といった特定の行動をとる割合が多いが,このことは慢性疾患のリスクを高める.このような病気を治療するには,しっかり薬を飲み行動を変える必要があるが,重度精神疾患患者にとっては時に困難である.精神疾患の中には,患者が自分の状況を理解できなくなるものもあり,その場合はヘルスリテラシーが低い場合や貧困にある場合と同じように,治療にしっかり乗ることができない可能性がある.このことは精神疾患患者にとりわけ強く影響を与える.最後に,精神症状の安定のために不可欠でありよく処方される薬剤の多くは肥満や糖尿病を引き起こすため,心血管疾患のリスクを高めることになってしまう

 上記の現実を目にすると,近い将来に死亡率の格差をなくすことなんて思いもよらないことである.しかし,Levineをはじめとした重度精神疾患患者の治療にあたっている医師の姿を見て,ふと疑問に思った.精神疾患患者は余命が短いと医師が思っていることも,本当に患者の余命を短くしているのではないか.つまり,精神疾患患者を医師がどう見ているかがこの死亡率の格差の一因となっているのではないか.もしそうだとしたら,医師は変わることができるのか.