2015年11月24日火曜日

高齢者虐待 part1



NEJMに高齢者虐待のレビューが載っていました。
社会的トピックはあまり勉強する機会がないのでしっかり読まなければ。
というわけで全訳してみます。まずはpart 1をどうぞ!


Elder Abuse
Mark S. Lachs, M.D., M.P.H., and Karl A. Pillemer, Ph.D.
N Engl J Med 2015; 373:1947-1956


 おそらくその前から起こっていたことではあるが、高齢者虐待が医学論文に最初に記載されたのは1970年代のことである。臨床的に幅の広いこの現象を分類し、効果的な介入方法を策定する試みがまずはなされたが、問題の逸話的性質を扱うのに難渋したり、疫学的に欠陥が多かったりした。しかし、ここ10年間で、高齢者虐待に関する研究の質が向上した。これは高齢者やその家族をケアする臨床科にとって福音である。高齢者に対する金銭的搾取は、初期にはほとんど追究されてこなかったが、最近では、よくみられる問題であり、注意深い医師なら見つけ出すことができるものとされている。
 長期ケアに関する研究では、高齢者に対する個人間の暴力や攻撃が高い割合で存在することが明らかになってきた。特に、長期ケア施設では、他の利用者からの虐待が職員からの虐待より頻度が多いことが分かっている。専攻や分野を超えたチームは、高齢者虐待の文脈では多職種チームと呼ばれることもあり、高齢者虐待の被害者が抱えている複雑かつ多次元のニーズや問題に対処するための介入戦略として脚光を浴びている。そのようなチームは医師にとって重要な資源である。このような新しい展開により、高齢者虐待の被害者を評価、治療し、さらなるケアにつなげることも医師の役割であると考えられるようになっている。
 本稿では、質の高い研究や最近のシステマチック研究を分析したり文献をレビューしたりすることで得られた、高齢者虐待の程度、評価、マネジメントに関する研究内容と臨床的エビデンスを要約する。

定義と有病率の推定
 高齢者虐待をどのように定義しどのような行動を定義に含めるかについての議論は、このトピックの研究の初期段階では進捗を阻害するものであった。最初の定義はあまりに広範にわたり、家庭内虐待の定義に典型的には合致しないタイプの行動(知人でない者による犯罪、年齢差別、セルフネグレクトなど)についても含めていた。しかし、この10年間で、高齢者虐待は5つに大別できるという共通認識が得られてきた。1. 身体的虐待:身体的に痛みや傷を与えようとして行われる行為、2. 精神的・言語的虐待:感情的に痛みや傷を与えようとして行われる行為、3. 性的虐待:同意のないあらゆる種類の性的接触、4. 金銭的搾取:高齢者のお金や資産を不適切に扱うことを含む、5. ネグレクト:ケアを行う責任のある者が高齢者に必要なことを行わない。(Table 1)
 以上の虐待のタイプを合算すると、どの疫学調査が報告した高齢者虐待の年間発生率も大体同じになる。これは地域に住む60歳以上の高齢者に関する質の高い疫学研究を3つ挙げることでもわかる。ニューヨークで4000人以上の高齢者を調査した研究では、高齢者虐待の割合は7.6%であった。Laumannらによる全国調査では、割合は9%であり、Aciernoらの全国電話調査では、10%である。これらの数字は過小評価の可能性がある。というのも、調査参加可能者からの自己申告による情報には、認知症患者が除外されており、認知症がある高齢者は不適切な扱いを受けるリスクが上昇するとの報告があるからである。入手可能なエビデンスを考慮に入れると、すべての高齢者虐待の割合は約10%であると推定すべきである。以上から明らかなように、高齢者をケアする多忙な医者は、気づくか否かに関わらずこのような虐待の被害者に頻繁に出会うのである。

リスクファクター
 殆どの研究が、男性より女性の方が高齢者虐待の被害を受けやすいと報告している。また、比較的若い高齢者で、より虐待(感情的、身体的、経済的虐待とネグレクト)のリスクが高くなる。考えられる理由としては、「若年高齢者」は配偶者や成人した子どもと同居していることが多く、この2群は虐待者となりやすいというのが挙げられる。生活環境を共有していることは高齢者虐待の主要なリスクファクターである。
 認知症は文献上も経済的搾取のリスクファクターであるが、これを除けば虐待のリスクを挙げる特定の疾患は同定されていない。しかし、一般的には機能障害と身体的健康問題は、原因の如何に関わらず高齢者虐待のリスクを上げることが首尾一貫して示されている。虐待の加害者となってしまう臨床的リスクファクターについてはほとんど知られていない。利用できるかぎられたエビデンスに基づくと、成人した子供や配偶者が最も加害者になりやすい。他には、男性、過去ないし現在の薬物乱用歴がある、精神的または身体的健康問題がある、警察沙汰になったことがある、社会的に孤立している、働いていないか経済的問題がある、大きいストレスに直面している場合もリスクである。

後遺症
 高齢者虐待は、明らかな外傷から被害者が感じるであろう痛みまで、多岐にわたる後遺症を招く。高齢者虐待の被害者は、罹患している慢性疾患について調整してもなお、死亡リスクが高くなることが示されている。高齢者虐待が起こる場所は施設や病院がとても多い。虐待の精神的影響にはうつや不安症などの悪いアウトカムがあるが、これらは文献上も明らかである。