2021年11月10日水曜日

Advance Care Planningについての我流レクチャー資料


Advance Care Planningについて研修医や専攻医に話をすることが多いので、
自分なりのレクチャー資料をまとめました。

あらかじめ申し上げておくと、この資料は何らかの答えを示すものではありません。
実際のレクチャーは対話形式で行います。
レクチャー後はみなさんもやもやしています。そのもやもやが大事だと思っています。

やや過激に思える表現があるかもしれません。
議論を刺激するために、あえて極端に思える意見を呈示することがあります。


事前課題①
厚生労働省の資料(木澤義之先生)に目を通してください
(ページ数多いですが、とても読みやすいです)
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000173561.pdf

事前課題②
家庭医療専攻医は、NHSの診療ガイドラインに目を通してください
https://www.stlukes-hospice.org.uk/wp-content/uploads/2017/06/ACP-Guide-for-Health-and-Social-Care-Staff-.pdf
英語の勉強をしたい方以外は、DeepL翻訳を使っていいので読んでください。

家庭医療専攻医は、①②を読まずにACP(の真似事)をしてはいけません。


【ここからレクチャー開始】

まず用語の定義をしましょう(Am Fam Physician 1999 Feb 1; 59(3): 613-4.)

Advance care planningとは,患者が医師と,人生の最期に受ける治療内容についての希望を話し合うことを指します.
何をしてほしいか,してほしくないかを話し合う、一つの方法です.

そのなかで、患者は、何らかの理由で意思表示ができなくなった時にどうしてほしいかを医師に伝えることができます.
この希望を書面に記せば,それはadvance directiveとなります。

Advance directiveでは,具体的に何をしてほしいか(死期が迫った時にCPRをしてほしい/ほしくないなど)を示す以外に,自分が意思疎通できなくなった時に代わりに意思決定をする人を指名することができます.
これをdurable power of attorney for health careといいます。


ACPは「医療従事者と患者との話し合い」を指す概念であり,多くの文献で「プロセス」であることが強調されています.
ACPを経て,誰にでもわかる形で文書に残されたものがadvance directiveです.

患者がかかりつけ医とACPを行って、一定の結論に達していたが,急変時に別の医療機関に運ばれて、ACPの内容が活かされない,というのは当然起こりうる話です.(Am Fam Physician 2019 Mar 1; 99(5): 281-3.)



疑問1.どんな人がACPの対象なのか?

健康成人に対するACPは効果が不確かであり、害も多いです(事前課題①参照)

私なら、「ACPについて知ってもらう」ことを目的に,恒例の患者で、ライフイベントなどのタイミングで声掛けをすることがあります。それまでの患者医療者関係やその場の不陰気に強く依存します。
「正月にはお子さん帰ってきますか?」「いまはお元気ですけど,大きな病気になったらどうしてほしいか,家族で話をしたことありますか?」などと声をかけると、人によってはいろいろ話してくれます.決して無理はしないこと。


疑問2.事前に患者の意志を確認していても、いざその時に反映できないのでは意味がないのでは?

単にAdvance directiveをとるだけでは,有効に機能しないことが多いです(事前課題①参照)
・そもそも将来を予想することが困難です。患者だけでなく医師も。
・決断なんて時と共に変わるものです。
・家族が知らない、いざというときにその場にいる医療者が知らない、ということがあります。

繰り返しますが、ACPはプロセスです。
そもそも自分なら,自分の大切な人なら,そんなに簡単に決められるものなのか、という(当たり前の)感情を大事にしてください。


疑問3.ACPって「心肺蘇生しません」と言わせるためのものなの?

完全に私論なのですが,ACPは「いかなる人でも個人として尊重されている」という前提条件が必要です.そして日本では必ずしもこの前提条件は満たされていません.

「ICUに入ってもすぐに死ぬ高齢者,医療費もったいない」という議論は,「障害者に対する医療なんかもったいない」「貧困者にかける医療費などない」という議論と本質的に同値です。

例えば、「癌になったら治療しないでください」という患者の自由意志は
「子どもに残すお金がなくなってしまう.余裕があるのなら治療を受けたいけど」
かもしれません.それは自由意志とはいいません。

なので,ACPを行う(行おうとする)医療者は、人権に敏感になる必要があります.

ACPをしようと思うあなたは、優生保護法を知っているでしょうか?
昔のらい予防法を知っているでしょうか?

あなたは誰のためにACPをするのでしょうか。
あなたが患者と行うACPは、本当に患者の人権を守るために行われていますか。


疑問4. じゃあ具体的にどのように進めればいいのか?

まずは、全例ルーチンに行わなくてはいけないという思い込みを捨ててください。
患者の生死にかかわる事柄は、そもそも機械的に扱うことができる話題ではないです。
その中で、一定のガイダンスは存在します。

家庭医療学のこの3つの文献が有用だと思います。
3. Am Fam Physician 1999 Feb 1; 59(3): 605-12.
4. Am Fam Physician 2019 Mar 1; 99(5): 278-80.
5. Am Fam Physician 2019 Mar 1; 99(5): 281-3.

文献3はやや古いですが,家庭医によるACPの理想が書かれています.

Ultimately, advance care planning is designed to clarify the patient’s questions, fears and values, and thus improve the patient’s well-being by reducing the frequency and magnitude of overtreatment and undertreatment as defined by the patient.
という一文に,いろんなエッセンスが凝縮されています.名文ですね。

実際にはこの理想通りにはいかないことが分かったので,文献4,5が出てきました.


文献4では、ACPとはiterative(反復する)かつintegrative(統合的)なプロセスである、とあります。

Iterative:病気の進行に伴って繰り返し議論することで,患者は「弱り行く自分」を受け入れるようになります.
何回もACPを話題にすると患者を不安にしてしまわないかと思うけど,実際はそうではないことが研究で示唆されています。

Integrative:疾病の予測される経過を患者や家族が理解することで,目標や意志の決定ができるようになると書かれています。


文献5では、具体的な対話ガイドである、Serious Illness Conversation Guideが紹介されています。

1. セットアップ
「あなたの病気がこれからどうなるかについて話しあい、あなたが望むケアを提供できるように、あなたにとって何が重要かを事前に考えたいのですが、よろしいですか?"

2. 患者の理解と志向の評価
「あなたは今、自分の病気の状態をどのように理解していますか?」
「あなたの病気の先にありそうなことについて、私からどのくらいの情報を得たいですか?」

3. 予後の共有
「あなたの病気の状況について、私の理解をあなたと共有したいと思います.」
「あなたの病気で何が起こるかを予測するのは難しいかもしれません。私は、あなたが長く元気に暮らし続けることを願っていますが、あなたがすぐに病気になってしまうのではないかと心配しており、その可能性に備えることが重要だと考えています。」
「そうでなければよいのですが、残された時間が○○(数日~数週間、数週間~数ヶ月、数ヶ月~1年などの範囲を表現)くらいではないかと私は心配しています。」
※この際、沈黙を許容することで、患者の感情を探ります。

4. キーとなるトピックを探る
「健康状態が悪化した場合、あなたにとって最も重要な目標は何ですか?」
「病気のこらからについて考えるとき、あなたに力を与えてくれるものは何ですか?」
「もし病気になったら、残された時間が増える可能性のために、どれだけのことをしてもいいと思いますか?」
「あなたの家族は、あなたの優先事項や希望についてどの程度知っていますか?」

5. クロージング
「あなたは自分にとって○○がとても大切だとおっしゃっていましたね。そのことを念頭に置きながら、あなたの病気について知っていることを考慮して、私は○○することをお勧めします。これは、あなたの治療計画が、あなたにとって重要なことを反映していることを確認するのに役立ちます。」

6. 会話の記録する
7. 鍵となる他の医療者とコミュニケーションを図る


事後課題
1-3のうち、どれか一つを選んで考えてください。

1.あなたはSNSで、「高齢者が救急搬送されたときに無駄な医療費を使わないためにACPが大事」「かかりつけ医がACPしてないから病院の医者が大変なんだ」という意見がタイムラインに流れてきたのをみました。この意見に対するあなたの考えを述べてください。

2. 元アナウンサーで元国政候補者である某氏が、自分のブログに「透析患者は自己責任だ、全額自己負担にせよ、払えないなら…」という記事を載せているのをあなたは目にしました。「●●(任意の疾患)の患者は自己責任だ」という言説について、どうしてそのような言説が発生すると考えられるのか、またそのような言説が医療現場に与える影響として何が考えられるのか、あなたの意見を述べてください。

3. あなたは80歳です。膝が痛かったり血圧が高かったりしますが、日課の散歩や友人との談笑を楽しんで日々暮らしています。そんなあなたはある日、いつも通っている診療所で、自分の孫くらいの年齢の医師から「〇〇さんももう年なんだから、自分が倒れた時のことを考えておかなきゃ。」と言われました。あなたならどう感じると思いますか?あなたなら話し合いを望みますか?望むなら、どのような話し合いを望みますか?