2020年12月21日月曜日

アルコール依存とは何かを言語化する

 

この記事は,大学院での課題レポートをもとに作成したものです.


アルコール依存の方を診る機会が多く,「医師として診察するにあたって」アルコール依存の状態をどのように解釈したらよいのかを考えてみました.


Handbook of Alcoholism Treatment Approachesという文献では

アルコール依存をとらえる主なモデルとして

「モラルモデル」「疾病モデル」「政治経済モデル」「社会文化モデル」の4つを上げています.

これらのモデルはどれが正しいというものではなく,真の理解と対処のためにはすべてのモデルを用いる必要があるというものです.


モラルモデルでは,アルコール依存は自己をコントロールできず社会的責任感のない個人が不道徳な選択をした結果であり,宗教的な背景をもとに罰を与えることで対処すべき状態であるとしています.現在でも飲酒を戒律違反とするムスリムや一部のプロテスタントといった宗教的側面を共有する社会において優勢なモデルです.

現在の日本においても,著名人のアルコール依存(または薬物依存)にかかわる報道に対し,社会的な罰をあたえることで「改心」をうながすモラルモデルが支配的であるように思われます.

一方で,当事者である著名人が「(アルコール依存を含む依存症は)一人では回復できない病気」(高知東生 Twitter 2020年9月22日21:53)「依存症は脳の機能不全。病気です。」(東ちづる Twitter 2020年9月24日 14:32)と主張し,次に述べる疾病モデルの重要性を訴える意見も見聞されます.


疾病モデルでは,アルコール依存を治療の必要な疾病としてとらえます.

生物医学の発展によりアルコール分解酵素などの遺伝的差異が明らかになったこと,フロイトの性心理気道モデルに代表される心理学的モデルによりアルコール依存を精神疾患ととらえることが可能になったことが,このモデルを後押ししています.

精神疾患の分類と診断のマニュアル(DSM-5)は典型的な疾病モデルの例です.

DSMにはalcohol use disorderという項目があり,11の症状のうちいくつ当てはまるかで重症度を分類しています.「患者」の状態のみに着目して「診断」がなされる点に注意です.


政治経済モデルでは,アルコール依存が貧困,失業,社会的周辺化と結びついていること,政府やグローバル企業が合法的な依存としてアルコールを推奨していることなどに注目し,社会的経済的な不平等がアルコール依存を生み出す仕組みに関心が寄せられます.

現状の政治・経済の仕組みを批判的にとらえ,不正義,不公正が弱い立場にある人に悪影響を与えているというパラダイムに依拠しています.

政治経済モデルの具体例として,WHOが発表した健康の社会的決定要因に関する冊子The Solid Factsがあります.ここでは「アルコール依存症、不法薬物の使用や喫煙は全て社会的・経済的に不利な状況と密接に関わっている」との主張がなされています.


社会文化モデルでは,アルコールの使用は特別の文化的意味が付与されており,文化の定めたルールが正常とされる飲酒と以上とされる飲酒とを区別する,という考えに立ちます.日本では諸外国と比較して,「酔っ払い」が外でふらついていることが許容される,アルコールの宣伝広告が多くみられるなど,飲酒に寛容な文化であると思われます.


以上のモデルはすべて,当事者ではない者(医師や社会学者など)からの視点で書かれたものです.

一方で,当事者自身がアルコール依存をどのように位置づけて,どのように向き合っているかということを知ることが,共同創造の観点からは求められます.

共同創造とは,当事者ではない研究者や集団がどのような財やサービスをどのようにデザインするかを決めるのではなく,その過程で当事者や支援者の視点を取り入れる,あるいは当事者や支援者が主導することを指し,身体障害,発達障害などに対する支援や研究において採用されてきた手法です.

共同創造や,それに関連する当事者研究では,当事者がもとから抱える本質的な生きづらさや,物質に依存せざるを得ない状況への対応について語られています.


余談ですが,当事者研究については目下最大の関心事でして,学習を深めているところです.コロナ禍だけどそこまで流行していない地域の家庭医の当事者研究とかしてみたいです.


本題に戻ると,アルコール依存を医師として診察する際には,疾病モデルがもつ「依存症は治療が必要な病気であり,患者は治療に専念するために守られるべき存在である」という枠組みを有効に活用しながらも,患者の文化的背景や,患者に影響を与える政治経済的問題についても探索することが必要だろうと考えます.

加えて,当事者の語りに耳を傾けて,回復の目標や必要な支援について共同創造を行うことが重要であると考えます.


結論は大したことないですが,いままでなんとなくこうやったらうまくいくこと多いよなと思いながら探り探りやっていたアルコール依存診療が,少し言語化できたような感じがします.


【参考文献】

第8章「文化と薬理学-医薬品,ドラッグ,アルコール,タバコ」4節「飲酒と乱用」In: ヘルマン医療人類学 金剛出版 2018年 pp.211-7.

臨床心理学増刊第9号「みんなの当事者研究」熊谷晋一郎=編 金剛出版 2017年