経験したケースを基にしたひとりディスカッションです.
個人情報保護のため大幅に修正しました.もはや原形をとどめていないです.
心房細動,MRのある慢性心不全,COPD,慢性腎不全,認知症と,絵にかいたようなmultimorbidityの超高齢者.
息子と2人暮らしで,身の回りのことは何とかできていた.
ある日,トイレからの帰りに転倒し,廊下で動けなくなった.
夕方帰ってきた息子が発見し,なんとかベッド上に移動させたが,以降,左下肢の付け根を痛がっている.
鎮痛薬で効果なく,経口摂取が低下し,寝たきりとなった.
種々の事情で転倒から数日たってようやく救急受診.
(詳しくは書きませんが,このような場合,社会的な困難があるのだろうという仮説を立てて,診断ー治療のラインとは別に情報収集と評価を行います)
著明な脱水があり,Na 170と異常高値.慢性腎不全+急性腎不全.
心機能低下もしっかりあり,心不全増悪も隠れた病態でありそう.
もともと呼吸器+心臓+腎臓の機能不全が相互に関与し,下降期の病態であったのだろう.
発熱,ごく軽度の低酸素血症があり,画像上は片側の浸潤影と胸水がある.
(喀痰は当然とれず...)
左大腿痛については,X線骨折はなさそう.
というわけで鑑別を考える.
血液ガスは呼吸性アルカローシス+AG開大性代謝性アシドーシス.
呼吸性アルカローシス+片側大腿痛+片側浸潤影&胸水+この病歴なので
DVT+PEが想起される.(肺野は肺炎も起こしているのかもしれない.)
エコーで疼痛を訴える部位にDVTを確認.
さて,治療はどうするか.
HospitalistのCQシリーズを確認する.
日本ではDVT±PEの抗凝固療法はヘパリンがDOAC.
ただしDOACは腎障害があると使用が制限される.
具体的には,ア45ピキサバンとリバロキサバンはCCr15以下で禁忌,
エドキサバンはCCr 30未満で禁忌となる.
では,そこそこ腎機能が低下した患者でヘパリンは安全に使えるのか.
「ホスピタリストのための内科診療フローチャート」では,CCr<30では未分化ヘパリン一択とある.未分化ヘパリンは腎排泄率30%である.
結局はリスクとベネフィットとを個々のケースで慎重に検討するほかないのでしょう.
なお,皮下注製剤のアリクストラはCCr 30以下で原則禁忌です.
腎障害患者での未分画ヘパリンの投与設計については,Clinical Kidney Journalのレビューにこのように記載がありました.
the traditional 75–80 units/kg loading dose and 18 units/kg/h maintenance dose for treatment of a venous TE for patients with severe kidney dysfunction is associated with supra-therapeutic levels. A more conservative dose of 60 units/kg loading dose and 12 units/kg/h maintenance dose is thus chosen for patients with severe kidney dysfunction.
というわけで,初回投与60U/kg→持続投与12U/kgが推奨されています.
体格や血清Alb量をみて,もっと減らしてもよいかもしれません.
この患者では,腎障害が強いこと,るい痩著明で低Alb血症があることから,使うなら初回投与45U/kg→持続投与9U/kgくらいではじめて,APTTみながら調整,といった感じでしょうか.
ただ,この患者は,転倒によると思われる血腫が大腿にあり,静脈と交通していることが,下肢エコー時に判明しました.
こうなると抗凝固療法はリスクが高すぎる.
下肢静脈フィルターは,このような抗凝固ができない場合に適応となる.
やはり「ホスピタリストのための内科診療フローチャート」によると,抗凝固療法がしっかりできるならフィルターは不要だし,PEの死亡や全死亡は減らないことが分かっているが,高齢者でフィルター留置が3か月以内の死亡リスクを軽減することも示されており,このケースでは適応は積極的に考えてもよいかもしれない.
このケースでは,著しい電解質異常があること,細菌感染合併が疑われること,全身状態から長期予後が見込めないこと,本人と家族の意志,社会的要因によるバリア等の複合的な要因があり,フィルター留置も行わず.DVTについてはそのままで経過を見るほかないということになった.全身状態が改善すれば,再度相談する必要がありそう.