昨日から行われている家庭医療学夏期セミナーにセッションを出しました.
http://www.jpca-srs.umin.ne.jp/kasemi/28th/
家庭医はあらゆる健康問題に立ち向かう.
ならば,「絶望事例」(私の造語です)に出会ったとき,私たちはどうするか
ということを学生さんに考えてもらいました.
初診で訪れた80代女性と長男.褥瘡からの蜂窩織炎で入院.
介護資源に乏しく,経済問題,家族間の葛藤,その他さまざまな問題がある複雑事例
使える制度をすべて使って,一生懸命プランを考えたけど,キーパーソンの拒否にあい水泡に帰してしまった.
さて,どうする.どうやってあなたは前を向くか.
という流れです.
(実際に提示した内容はもっとエグイです)
常々,心を動かし感情を揺さぶる発表をしたいと心がけています.
今回は,こちらの想定通りに
面食らう→なんとか食らいつく→これはやばいぞと感じ始める→力を合わせてやり遂げる→満足→と思ったらあれよあれよと絶望のどん底に→呆然→怒り・悲しみ→無力感→でも前を向く→感涙
という一連の心の動きを100分で演出できたので満足しています.
セッションで伝えたかったClinical Pearlは以下のとおり
「家庭医はそれでも患者とともにいる」
「絶望事例を診られるのはこの地域に私たちしかいない」
「家庭医療に心臓を捧げよ」
お勉強としては,臨床問題の複雑さ(Complexity)を紹介しました.
General practice-Chaos, complexity and innovation.
Martin C, Sturmberg P Med J Aust 183(2):106-9,2005
simple, complicatedはゴールが問題解決ですが,
complex, chaosは問題解決が不可能なことが多く,安定化(stabilizing)を目指すことになります.
もとはEBMの延長線上にある概念で,どのように臨床上の知を事例に適応するかについて考察されたものですが,家庭医療特有のundifferentiated problemを扱う際に有用な概念であると理解しています.
原著には定義も書いてありますが,これはセッティングで変わる気がします.
実際,私のいる病院では定義上complexな問題はcomplicatedとして扱うという具合に.
複雑さのレベルが一段階下がっている印象を受けます.
原著のchaosの例がそれほどchaoticに見えないですし.
chaosはnot undestandable until stabilisedであるとありますが,これは本当にその通りだなと思います.